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神奈川17区衆議院小選挙区 支部長 牧島かれん 活動報告

戦時の大統領
昨日は、“Uniter”(統合者)としてのアメリカ大統領について書かせて頂きました。
今日は、“戦時の大統領”について、少しお話したいと思います。

私自身のビジョンの中でも、「危機対応能力の高い国家を目指す」ことを示させて頂いています。
地域の話では、校舎の耐震化を100%にすることもそうですし、国家としては、有事の際には瞬時に情報を取りまとめ、国民に伝え、判断を行うシステムが整備されているか、ということを意味します。

危機管理の重要性は、私が9.11の同時多発テロをワシントン郊外の、ペンタゴンの近くで遭遇したという体験にも基づいています。
大統領がブッシュからオバマに変わり、対イラク戦争への方針も変わりつつあります。
しかし、テロに遭った瞬間、戦時の大統領がいかなる方法で、イラク戦争へ踏み切ったのか、私たちは知っておく必要があると思います。
特に「言葉(演説)」という側面からお話したいと思います。

戦時に向かう大統領を国民が支持しなければ、強大な権力を有している大統領といえども、軍事行動には踏み切れません。
演説から、国民は大統領の意思決定と行動への決断を読み取ります。
アメリカ国民の生命が危機にさらされていることや、国家の価値がゆるがされていることが決断の理由になりますが、それが熟慮を重ねた結果の最後の手段であり、苦悩に満ちた決断であることを示す必要があります。

大統領の戦争スピーチに共通しているのが、「熟慮を重ねて慎重に検討した結果である」という言い回しです。
敵対する国家に対してあらゆる平和的な手段を尽くしたが、脅威の重大性から見て武力行使の決定は、最後にして不可避な手段であることを証明するナラティブ(情景描写)の最後につく決まり文句です。

第41代ブッシュ大統領は、1991年1月、イラクへの空爆開始にあたって国民に向けて行った戦争スピーチで

「湾岸地域に軍隊を展開する28カ国は全ての理性的な努力を尽くして平和的な解決を図ったが、今やサダム・フセインを武力でクウェートから放逐するしか他に選択の道がないという結論に至った。(中略)合衆国は国連と協力して、使いうるすべての手立てを尽くして、この危機の平和的解決を行ってきた。」

と述べて、今回の決定が最後の手段をして感情論を排して理性的に行ったものであることを強調しました。
一方、2003年3月17日にジョージ・ブッシュ大統領が行った演説は最後通告演説となっており、戦争を避けるためにあらゆる手段をとったことを国民に確認しています。

「万が一サダム・フセインが対決を選ぶのであれば、アメリカ国民は戦争を避けるためにあらゆる手段が取られたこと、そして戦いに勝つために、あらゆる手段が取られることを知ることになる。」

この演説は大統領が国民に向けた形をとって、テレビ放映され「サダム・フセインはイラクを48時間以内に去らなければならない」とタイトルがつけられた、国民にとって印象深い演説となりました。

アメリカ国民が兵士として戦地に送られる際には、生命の危機が避けられません。
国民が直接、痛みを感じることになるわけです。ですから、大統領は「苦渋の選択」であることを、必ず国民に伝えなければなりません。
そして、アメリカが攻撃をするのは征服が目的ではないという、自己防衛のメッセージを加えます。
軍事行動に踏み込む決断には、アメリカ国民を守るという大統領の使命がある、とブッシュ大統領は明言したのです。
2001年の同時多発テロを経験したアメリカ国民にとって、アメリカ本土が再びテロの標的になり得ると考えたとき、国土と国民の安全を命題とした戦いは、支持されるものとなっていました。

イラク戦争の総括は、イラク戦争を決断した大統領とは違う大統領、つまりオバマ大統領によって行われることになります。
テロで亡くなった国民、戦争で命を落とした兵士、彼らの帰りを待つ家族。
さまざまな思いを持った国民に対して、いかなる総括をするのか、大統領の手腕が問われるところです。

日本は、もちろん二度と戦争を繰り返さず、平和を守らなければなりません。
しかし、国家が危機的状況に遭遇したとき、リーダーが国民にきちんとしたメッセージを伝える能力があるかどうか、というのは重要なことだと考えています。

カテゴリ:かれんより リーダーシップ・国家ビジョン

月刊 政治かわら版 牧島かれん国政報告
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