牧島かれん トップページ >> 活動報告

神奈川17区衆議院小選挙区 支部長 牧島かれん 活動報告

カンボジアの若者
これまでも恩師のご縁でビーチサンダルを贈るなどの活動をご報告してきましたカンボジアの様子を皆さんにもご紹介します。

(引用)
 高校卒業試験をパスしたオー村の生徒については前回の通信でお伝えしましたが、先日その内の二人が突然シエムリアプの我が家を訪ねて来ました。オー村の生徒が都会に出て来ることは稀で、これまで2年間も関わっていながら市街地で出会うことは一度もありませんでしたし、私たちも全く予期していないことでしたので、この突然の訪問に驚きました。この二人、ソヴァンとターワンは共に20歳の女性で、家の門を入るなり、「せんせい、こんにちは! おげんきですか!」と日本語で叫んで満面の笑みを浮かべました。実は二人とも、観光ガイドを養成する日本語学校への入学手続きのために街に出て来たということでした。
 オー村の「日本語教室」に参加している小学校から高等学校までの生徒約110名の中で、前年度高校3年生だった生徒はこの2人を含めて僅かに3人、今年度は1人だけです。それだけ、高校を修了するまでの通学を全うすることが難しい、ということでしょう。ソヴァンの場合、中学と高等学校は家から8?離れていて、田舎の道を自転車で順調に走っても片道40分かかり、雨季には通行が不可能になることが度々ある、ということでした。二人とも木造高床式の家に住むごく一般的な農家の娘で、田植えや収穫の時期には父母の農作業を手伝い、毎日の食事の支度を受け持つことは当然のことだと受け止めています。農家としての経済状態は中程度ですが、娯楽やおしゃれのための余裕はありませんし、文房具さえ充分とは言えません。
 彼女たちは日ごろから“めっぽう”快活な若者たちですが、この日我が家で1時間半ほど話していた時には、殊のほか晴れやかな表情に終始していました。12年間の通学を全うできたという思いや、これから新しい世界に向かって歩みだそうとする昂揚感がそうさせていたのでしょう。
しかし、彼女たちの将来は決して約束されたものではなく、むしろ今、幾つもの新たなハードルが眼前に現れてきているということでもあるのです。彼女たちは街の日本語学校に月曜から金曜までの毎日を自転車で通うと言っています。その距離は20?強ありますから、片道1時間半近くかかるかも知れません。月額10?の授業料の捻出も課題の一つです。それでも二人は私たちの心配をよそに、「だいじょうぶですよ」と事もなげに笑っていました。
 実は問題がもう一つあり、二人ともバッタンバンという隣の州にある「教員養成学校」の入学試験も既に受けていて、もしこれに合格すればこちらに通うことを優先して、将来は高等学校の教師になる希望を持っています。ただ合格の望みが叶えば、バッタンバンで2年間を過ごすという難しい課題が生じます。学校は国立で授業料は不要ですし、住居は恐らく親戚を頼ることになるのだと思いますが、日々の生活費や、授業料以外の学費をどのように賄うかを解決しなければなりません。それでも彼女たちは悲愴感を少しも漂わせていません。この若い女性たちの生き方の爽快感はどこから生まれてくるのだろうかと、自分自身に問うような気持で、私たちは彼女たちの話に耳を傾けていました。
 
 この二人とは別に、若いカンボジア人の生き方を見せられたケースがもう一つあります。D君は26歳の、とても生真面目な性格でどちらかと言えばインテリタイプの独身男性です。母親や妹と同居していますが、家計は大変苦しく、彼が一人で背負っているという状態です。彼の家を訪問した人の話では、家族全員で一尾の魚をつつき合う食事をしているということでした。それでも彼は大変な向学心の持ち主で、私たちが最初に彼に出会った時には、既に日本語の会話をかなり習得していました。更に自力で大学にも通っています。痩せていて背丈も低いのですが、主たる仕事にしているのは空港の荷物運びです。誰の目にも“向かない仕事”と映ります。私たちも不思議に思い、他の仕事はないのかと尋ねたことがあるのですが、結局、一番報酬の良い仕事を選ばざるを得ないということでした。その他に彼はカンボジア人に日本語を教えたり、日本人にカンボジア語を教えたり、時には日本のNGOからの臨時の依頼で簡単な翻訳や通訳の仕事を受けたりしながら、何とか家計と学費を賄ってきました。
 一か月ほど前、このD君が我が家を訪ねて来た時、いつもは表情の硬い彼が珍しく目を細めて、「先生、嬉しいニュースです。空港の正社員に採用されて、チェックイン・カウンターで働くことになりました」と報告してくれました。予想しなかった展開に私たちもびっくりすると同時に、彼のこれまでの切ないほどの努力がこれ以上望めないような形で実を結んだことに、思わず快哉を叫びました。「3年間じっと辛抱して、やっと夢が叶いました」と彼はつぶやくような声を洩らしました。次の週にも彼から別の報告がありました。「大学の卒業研究はパスしました。11月に結婚します。皆さんのお蔭です」。永く冷たい冬の後、いきなり桜の満開を見ているような気持です(カンボジア人には通じにくい表現ですが)。2週間後の結婚式には、心からの祝福を送る気持で参加できそうです。

 もう一つだけ、小さなできごとについて触れさせて頂きます。ほんの数日前、私たちはシエムリアプ市のはずれにある「シルク・ファーム」(フランス系のNGOが運営しています)を訪ね、そこで一人の若い女性に出会いました。どこか見覚えがある人だと思ったのですが、すぐに思い出しました。もう3年も前になりますが、彼女が街の大きな日本語学校の生徒だった時、友達に案内されて2,3度我が家を訪ねてきたことがある、ボッパーという名の女性でした。勿論彼女も私たちを憶えていました。そのころはまだ、簡単な挨拶もおぼつかない程度でしたが、今ではこの大きなNGOで日本語のガイドをしているということです。清潔な環境の中でカンボジア・シルクの文化を紹介する仕事は楽しく、やりがいがあると話していました。全くの偶然の出会いだっただけに、ここにもまた、健気に人生を歩んで花を咲かせている一人の若者がいることを知り、私たちはとても幸せな気持ちにさせられました。

 上に述べたカンボジアの若者たちは別々のケース、別々の人生を歩んでいますが、彼らの生き方にある種の共通点があることに気付きます。それは、自分が負っている苦境を“他の人や周囲の環境のせいにしない”という点です。特に上記の三人とはずいぶん永い付き合いですが、彼らから、自分の置かれた状況についての文句や愚痴や他への非難などの言葉を一度も聞いたことがありません。少し妙な仮定ですが、「もし自分が同じ状況に置かれたら」と考えると、いかにも社会や政治のせいにしたり、学校のせいにしたりしそうです。親のせいにするかも知れません。健全な政治批判、社会批判は当然必要ですが、どのような状況の中でも“人のせいにしない”彼らの生き方が前に述べたような“爽快な”印象を私たちに与えるのでしょう。私たち外国人はカンボジアが国としての“自立性”に乏しいことを批判しがちです。しかし、私たちは多くのカンボジアの若者から、人間としての“自律性”の豊かさを充分に学べる、という気がしています。

クーレーン山への遠足

途中休憩
手伝ってくれた村の人たちと仕出し弁当

カンボジア1 JPEG.JPG カンボジア2 JPEG.JPG


水遊び 一番手前がソヴァン
ボッパーと、シルク・ファームで

カンボジア3 JPEG.JPG カンボジア4 JPEG.JPG


(引用おわり)
恩師が「人間としての自律性」を身につける様にと中高時代に何度も話されていたことを思い出しています。「石の上にも3年」日本で最近聞かれなくなった言葉をカンボジアの若者から教えてもらった気がします。

カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題 カンボジア

月刊 政治かわら版 牧島かれん国政報告
メディア掲載 掲載記事のご紹介

カレンダー

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>

カテゴリー

最近のレポート

過去の記事

活動報告内検索