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神奈川17区衆議院小選挙区 支部長 牧島かれん 活動報告

被災地報告3:津波の恐怖
今回の震災は「被害が広範囲に広がっている」と言われますが、現実を目の前にすると、その惨状を的確に表現する言葉が見つかりません。利府町、松島町選出の宮城県議安部孝県議に沿岸部をご案内頂きました。

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言葉にしてしまうと陳腐な響きになってしまいますが、「なぜこれだけの量の水がここんなところまで入ってきたのか・・・」と絶句するしかないほど、水に浸かったままの宮城県沿岸部。

東松島市では市街地の6割以上が浸水。約2万平方キロで水が引かない状態が続いています。一瞬にして水に飲み込まれ無念な思いをされた方も、殉死された方もいらしただろうと、手を合わせ祈りました。排水のためのポンプ車はまだまだ足りません。このままでは行方不明者の調査もできません。要請を強化します。

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地震だけでなく津波によって家が流され、自宅を探すのも困難を極めている方たちが七ヶ浜町にはいらっしゃいました。漁師町に今、船はありません。漁を続けたいと希望する若い漁師の方たちが船を再び持つことができる様に制度設計を働きかけていきます。

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石油コンビナート火災もあった多賀城市。2日前よりも更には5日前よりも状況は良くなっていると聞きましたたが、まだ車はひっくり返ったまま。×印がされた車は死者がいたことを示すものです。がれきの撤去には1年という目標が立てられていますが、町の再生には10年かかるのではと考えられています。

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仙台市岡田地区に立つと津波の威力をまざまざと感じさせられます。防風林の松は根こそぎ倒され60パーセントは歯が抜けたようになっています。津波が20メートル、高いところは30メートルはあったと言われ、平均でも10数メートルに及んだのですから、おそらく木々の上を波が通り抜けていったのだと思います。
不思議なことに一角、鳥居が数本の木々に守られて残った部分がありましたが、稲作地帯を誇る水田も形を変えてしまいました。

津波の規模は、2トントラックが時速40キロで突っ込んで来た威力と同じです。今後如何に津波の備えをしていくのか、想定をはるかに越えた津波を経験した私たちはあらゆる知恵を結集しなければなりません。

例えば、スマトラ島。地震と津波の教訓からやしの木の上に小屋を作って、津波が来た時には木々を上り避難する方策が取られているそうです。しかし東北地方でやしの木を育てるのは難しそうとのお話。津波に反発をする建物を建築するのではなく、柱と柱の間に敢えて津波の通り道を作り水を逃していく方法も考えられています。

そして先人の知恵。岩手県宮古市の姉吉地区では昭和大津波のあと建立された「此処より下に家を建てるな」という石碑の教えに従っていたため、集落を津波の被害から守ることができました。
これからは町の再建時に、居住しない地域を設けるべく検討することになるでしょう。一方で、慣れ親しんだ土地を離れにくい、今まで同様に農業を続けたいという方たちの声に応える方法を模索しながら町の整備を進める必要があると感じています。

カテゴリ:かれんより 東日本大震災

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