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神奈川17区衆議院小選挙区 支部長 牧島かれん 活動報告

倉敷をてくてく:企画旅行<上>
JA女性部の一員として山陰・山陽への企画旅行に参加してきました。泊りがけで皆さんとゆっくりお話でき、貴重な時間となりました。新幹線で初の岡山へ。
日本三名園である後楽園や、桃太郎伝説が伝わる吉備津神社にも立ち寄りましたが私にとって印象深かったのは、観光地としての倉敷の“コンセプト”でした。 お昼のお弁当の下には、こんなランチョンマットが敷かれていて、あたたかさが伝わってきます。ちょっとしたことですが、観光地として大切なことですよね。

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美しい白壁の街を「てくてく」散策できる、というコンセプトは、特に女性たちで行くのんびり観光には魅力的。軒と軒が重なる様なお散歩道もなかなか風情があるものです。

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大原美術館にも行きました。大原美術館は、倉敷を基盤に幅広く活躍した事業家・大原孫三郎が、昭和5年に設立した日本最初の西洋美術中心の私立美術館です。
孫三郎は友人の画家・児島虎次郎の才能と、美術に対する真摯な姿勢を高く評価し、三度にわたる渡欧をうながしたのだそうです。それを受けて虎次郎は、制作に励むのみならずヨーロッパの美術作品を選び、倉敷にもたらしました。 モネの「睡蓮」(1906年)は直接虎次郎がモネと交渉をして手にした作品ですし、ルノワールの「泉による女」(1914年)は「日本は検閲がうるさいそうだから」という理由で、ルノワールが裸婦の膝に最初は描かれていなかった白い布を描き足したというエピソードも残っています。 実際にヨーロッパで活躍をされていた画家との語らいが伝わってくる作品が多い中で、エル・グレコの「受胎告知」(1590−1603年)は大分時代が遡ります。パリの画廊で売りに出されているのを見た時、流石の虎次郎でも即断はできず孫三郎に相談をしたそうです。結局孫三郎は虎次郎へ送金。そのお陰で私たちは今、日本で名画を見ることができているわけです。作品の時代からも、テーマから見ても、日本の画家が購入を決断するのは難しかったのではないかという気もします。しかし虎次郎がこの時、ヨーロッパの画家と同じ様な感性で画と向き合っていたからこそ見出された作品だったように感じました。

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非公開ではありますが、大原邸、そして大原家別邸の有隣荘の外装も見ごたえがあります。大原家別邸は、欠けてしまった瓦を修復する時期、とのことで職人さんが点検中。オレンジと緑の独特の色味の瓦は現在では名古屋で作っているのだと教えてくださいました。 観光地としての工夫を学ぶという観点で倉敷を見つめてみると例えば1990年に電柱・電線地下埋設工事を倉敷川畔両岸から始めたことなど、徹底した地区設計が浮かび上がってきます。人を引き寄せる潜在的な魅力。それを可能にするハード面の整備。そしてコンセプトをしっかり発信していくソフトの力。てくてくと観光をしながらも、私たちの地域にも活かすべき点を教えてくれた倉敷でした。

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