牧島かれん トップページ >> 活動報告

神奈川17区衆議院小選挙区 支部長 牧島かれん 活動報告

カンボジアの水害の様子
水害に悩まされたカンボジアの様子を現地から送って頂きましたので、皆様にもご報告します。

---------------

アンコール・ワットを訪ねると、まず驚かされるのは周囲を廻る「堀」の堂々たる威容です。この堀を渡って外壁の塔門をくぐり中心に向かって進むと参道の左右には「聖池(蓮池)」が配され、なお寺院の中心部分に入ると直ぐ正面に展開する十字回廊には4つの「沐浴の池」があります。第一回廊のレリーフには「トンレサップ湖」が頻繁に描かれ、更に最も重要で最も高い位置にある中央祠堂にも4つの「聖池」が置かれています。つまり長い歴史を通してのカンボジアの人々と“水”との関わりが、精神的にも現実的にも特別な意味を持っていたということを、アンコール・ワットそのものが表現しているように感じられます。そしてそれは同時に当時の王たちにとっては、「水を制する者、世界を制す」の表現でもあったのでしょう。ヒンドゥー教の三主神は創造の神、維持の神、破壊の神ですが、“水”はそのすべての神的な力を象徴すると考えていたかも知れません。現在、アンコール・ワットの時代から800年以上も経っていますが、今回の水害を通して、未だに“水”がカンボジアの人々にとってどれほど大きなインパクトを持っているかということを、垣間見た思いがしました。


写真:村の住居と冠水した道 高床式の家の床まで水が上がっています。

「タイの大規模な水害の影に隠されているが、隣国カンボジアの水害はその対応能力の点から考えると更に深刻だ」と報じたアメリカのメディアがあったようですが、確かにカンボジアでの水害も「10年に一度」とも「歴史上最大の」とも言われるほどの大規模なものでした。9月の半ばから本格化した増水は約一か月半続きましたが、その間、ほぼ全国に亘って河川の氾濫が起こり、多くの道路、橋、家屋、田畑などが甚大な被害を受けました。30.000以上の家族が家屋を捨てて避難し、1,500,000人以上が被災したということです。これは全人口の10%以上に相当します。ごく最近の政府発表によれば、死者は250人以上、田畑の損壊は400.000任傍擇咾泙靴拭H鏗価躋曚錬毅横亜ぃ娃娃亜ぃ娃娃悪砲反篦蠅気譴討い泙后世界のどの地域でも同じだと思いますが、こうした災害の際に再認識させられることは、弱く貧しい立場にいる人たちほど、最もつらい状況に晒されるということです。政府、党、カンボジア赤十字、NGOなどが村々を廻って連日支援活動を行っていますが、被災家族が受ける支援物資は一例をあげると(政府による支援のケース)、米10圈▲ぅ鵐好織鵐般唯横安沺塩、魚醤、蚊取り線香、毛布、漁のための網などです。米は5日間しかもたないだろうと、村人の一人は語っています。多くの農民が家、家財道具、家畜の一切を失った上に、収穫期を目前にした水田が全滅したことで、来年1年間、家族が食べる米さえも失ってしまった状況にあります。


写真:ミサの前のカトリック教会

シエムリアプ県は全国(23県、1特別市)で最も被害の大きかった4県の内の一つでした。その中心都市シエムリアプ市は街の中心であるオールド・マーケット、パブ・ストリートや、目抜き通りであるシヴタ通りの冠水が激しく、約2週間は大型の四駆か観光バスでなければ通れない状態になりました。時々ここに突入して行く普通乗用車やバイクを見かけましたが、あちこちでエンジンストップを起こしていました。観光客もバスでホテルを出入りするのがやっとでショッピングの余裕はありませんし、多くの店が床上浸水しましたので、土産物店やレストランの人たちへの打撃も大きかったことだろうと思います。数多く存在する遺跡に関しては、冠水と交通の遮断で一時は多くの遺跡で見学不可でしたが、この点での復興は比較的短期間で済みました。ただ有名な遺跡バンテアイ・スレイでは外国人観光客が川に流され、死者が出たという残念な事件もありました。その時一緒に流された日本人は引き上げられて助かったということです。
我が家は繁華街から離れていますが、排水設備が完備されていない裏道ですので、家の周辺は一面冠水しピーク時には大人の膝くらいの深さになりました。幸い床上浸水は免れました。一昨年の洪水の際、無理をして車で外出したために、大通りで「車の床上浸水」を起こしてエンジンがストップし、近くにいたカンボジアの人たちに車を押してもらって脱出したという反省もあり、今回は車での外出を早めに諦めて“籠城”を決め込みました。しかし、食べ物の備蓄もなくなり、“水攻め”は次第に“兵糧攻め”の観を呈して来ましたので、意を決して徒歩で家を脱出して、冠水していない安いホテルに2泊しました。実はこの時、日本から一人のお客さんを迎えていたのですが、オールド・マーケット近くの宿泊ホテルにアプローチする手段がないことが最も不便を感じた点でした。


写真:オー村で奨学金生徒の家庭訪問に向かうところ

いつものことですが、このような非常事態の中でも、カンボジアの人々の逞しさを印象付けられる場面が多々ありました。街の子どもたちは巨大プールと化した目抜き通りで泳いだり、手製のボートに乗ったりしてはしゃいでいます。村の子どもたちは大勢で集まって魚釣りに興じています。洪水のときは大漁が期待できるのだそうです。モトドップ(後ろに客を乗せるバイク・タクシー)やトゥクトゥク(幌付きのバイク・タクシー)の運転手さんたちは―勿論死活問題ではあるのですが―余程の深さでなければ水の中に突っ込んで行ってくれます。但し、普段より割高料金です。カンボジアに住んで6年近くになりますが、この異常事態の中で、今までで最も親切なトゥクトゥクの運転手さんに出会いました。彼は、誰もが無理だと言っているオールド・マーケット近くのホテルまで行ってくれると言うのです。半信半疑でしたが、かなりの距離を波を蹴立てて進んだ挙句、案の定マーケット地区の入り口で頓挫しました。すると彼は大型の車を持って来るからここで待っていてくれ、ここまでの料金はホテルについてからでいい、というのです。意外な提案に驚きながらも、私たちは進むも引くもできない状態でしたから、街角のできるだけ水の浅い所を選んで待つことにしました。ほぼ1時間ほど待ったでしょうか、彼は大型の四駆でやって来ました(恐らく配車の会社の運転手もしているのでしょう)。そして無事に私たちをホテルに届け、私たちのお客さんを降ろして、更に我が家まで送ってくれました。割高料金を要求しませんでしたし、自動車の料金さえ請求しませんでしたから、本当に親切でしてくれたのだと思います。それに、私たちがそのまま待っていると信用してくれたのがとても嬉しかったので、固辞する彼に無理矢理にほんの僅かの心づけを受け取ってもらいました。


写真:アンコール・ワットへの道 まだ水が浅い段階です。


写真:オニュチャン村周囲水浸しの雑貨屋の前で遊ぶこども

緊急災害対策会議を終えると直ぐに、フンセン首相は一か月先に迫った今年のプノンペンでの水祭りのボート・レースを中止すると発表しました。趣旨は「全国から集まる400以上のボート・ティームへの国からの補助は総額約1,000,000砲傍擇屐今年はこれを災害復旧に充てなければならない」というものです。この祭りがカンボジアの人々にとって年間を通して最も楽しみにしている行事であり、あらゆる分野が複雑に絡み合っている大イベントだということを考えると、その余りに早い決定に驚きましたし、首相の“鶴のひと声”のようにも聞こえたのですが、一方で私はこの単純明快さを好ましいものとも感じました。「自粛すべきかどうか」というような抽象的議論、各官庁間・官民間の調整などに無駄な時間を費やさないこの“単純明快さ”もまた、カンボジアの人々の逞しさなのかも知れないと感じたのです。
今年の水害は確かに異常な規模のものでした。しかし河川の氾濫そのものは、カンボジアでは雨季に雷が鳴るのと同じような普通の自然現象です。有機物を豊かに含んだメコン(川)やトンレサップ(川)の水は、プランクトンや魚を育て、氾濫はその流域に農業のための肥沃な土地を提供します。雨季にトンレサップ湖が数倍にも拡大するのは、メコンの増水に押されて、プノンペンで合流しているトンレサップ川が逆流するからですが、そのお蔭でトンレサップ湖の魚は格好の隠れ家としての“水中の森”を与えられ、600種にも及ぶ淡水魚はカンボジア人のタンパク源の60%を担っています。いわば“カンボジアはメコン・トンレの賜物”であり、ある意味で河川の氾濫はなくてはならないものだとも言えます。勿論先にも触れたような壊滅的は被害を受けた人々は別ですが、私たちの目には一般のカンボジア人が予想以上に落ち着いてこの事態に対処しているように見えます。これが、歴史を通して今に至るまでのカンボジアの人々と“水”との付き合い方なのでしょう。勿論、災害を防ぐための治水灌漑を近代化をする必要はありますが、近代技術の導入によって、これまで“水”がカンボジアの人々に与えてきた“恩恵”をも同時に失わせることがないよう、心を用いることが大切だと感じたのでした。


写真:オー村 小魚を網ですくって発酵させ、プロホックという調味料を作ります。


写真:雨季の終わりを告げる空。小学校の上にかかる虹。

カテゴリ:かれんより カンボジア

月刊 政治かわら版 牧島かれん国政報告
メディア掲載 掲載記事のご紹介

カレンダー

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

カテゴリー

最近のレポート

過去の記事

活動報告内検索