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神奈川17区衆議院小選挙区 支部長 牧島かれん 活動報告

カンボジアの子どもたち
このブログで継続的に紹介しています、カンボジアで支援活動をしている恩師からの現地の様子の最新レポートが届きましたのでお伝えします。

(引用)
仮に、アンコール・ワットなどの遺跡観光を目的にカンボジアを旅した人たちでも、この国を後にする時には、偶然に出会った子どもたちの独特な仕草や表情が脳裏に焼き付いているのではないでしょうか。それほど、特に農村部の子どもたちが生きいきと笑ったり微笑んだりする時の表情には、一瞬見惚れてしまいそうな不思議な魅力があります。そして、家計を助けるための畑仕事や漁の手伝いなど、きつい仕事をしている時でさえ、彼らの表情から子どもらしい清々しさが消えていないことに一種の驚きを感じます。

私たちを訪ねて来てくれる多くの日本の若い人たちも、こうしたカンボジアの子どもたちの姿に深く印象づけられるようです。そして以前には感じることのなかったような疑問が心の中に浮かんでくると、感想を漏らしてくれます。
「今にも崩れそうな藁ぶき屋根の家に住み、日々の食事にも事欠き、遊び道具もなく、学校に通うことについてさえ大変な苦労をしなければならない子どもたちが、どうしてこのような曇りのない爽やかな笑みを浮かべることができるのだろう。このような表情は、自分の子ども時代を含めて、日本の子どもたちから次第に失われて行っているような気がする。カンボジアの子どもたちの目から見れば、まるで天国のような生活をしている日本の自分たちは、彼らのように生きる喜びを表しているだろうか、逞しく生きているだろうか。自分たちは彼ら以上に幸せなのだろうか。“幸せ”とは何だろう。」
勿論、6年半もカンボジアに住んでいても、私たちがこうした疑問に答えられるわけではありません。カンボジアの子どもたちの大きな目を見ていると、彼らがこのような“問い”を投げかけているという気持にさせられるのは、私たちも同じです。



実は先日、オー村での「奨学金生徒の集り」で、子どもたちが“幸せ”についてどう感じているか、ほんのわずかの時間ですが尋ねてみました。生徒は小学2年生から高校3年生までの63名で、「自分が幸せだと感じる時に一番大切だと考えている点は何か」を幾つかの選択肢から選んでもらうことと、それについてのごく簡単な一行コメントを書いてもらうというアンケート形式をとりました。選択肢として設定したのは、「家族」「健康」「家での仕事」「勉強」「友人」「仏教の教え」「趣味・遊び」の7項目で、無記名で行いました。
結果として、大半の生徒が「家族」(29人)か「健康」(24人)を選びました。「家族」については、多くの生徒が「家族が幸せなら私も幸せ」、「家族が仲良く、助け合っていることが幸せ」とコメントしています。「健康」と回答した生徒がそれに次いで多いことにさほど驚きませんでしたが、コメントを読んでみて、新発見がありました。それは、殆どすべての生徒が「健康」を「家族の健康」と捉えていることです。主なコメントは「健康が家族を支えている」「家族の健康が幸せのもと」などです。「自分の健康」を家族から切り離して考えるという様子は見られません。同様のことが他の項目についても言えます。「家での仕事」を選んだ生徒(6人)は家族を支えているという意識を持った上で、特に自分に任されている仕事が“好きだ”という理由で選んでいるようです。「勉強」を選んだ生徒のすべてが「知識を増やして家族を助けたい」「将来、仕事をもって家族を幸せにするために勉強したい」と述べています。「勉強」という選択肢を選んだ生徒が3人しかいなかったのはやや意外でしたが、逆に「家族」を選んだ生徒の内の幾人かが「家族が温かく、私が勉強を続けることを支えてくれている」という趣旨のコメントをしているのを見ると、勉強も将来の仕事も、彼らの意識の中では「家族」と一つになっているということに気づきます。因みに、「仏教の教え」と「趣味・遊び」を選んだ生徒は一人もいませんでした。





少し話題が変わりますが、先日新しくオープンしたちょっと洒落た喫茶店に入ったところ、ウエートレスが余り流暢とは言えない日本語で話しかけてきました。彼女はまだ25歳という若さで、5歳の男の子と2歳の女の子の母親です。次第に身の上話風になってきたのですが、それによれば子どもの頃、家が貧しく父親が足に障害をもっていたため、「子どもセンター(養護施設)」に預けられて育ったということです。その施設では日本語を教えていたため、一生懸命勉強して良い成績を収め、日本で開かれたアジアの青年フォーラムにも派遣されたそうです。しかしその後、18歳で結婚したものの、今は離婚して小さな部屋を借り、二人の子どもを育てています。この喫茶店の給料が月50法部屋代が20砲如△箸討眄験茲任ないと悩みを語っていました。特に来年度から小学校に入学する男の子の教育費に頭を痛めている様子でした。
カンボジアの子どもたちが幸せの条件として「家族」を一番大切にしているとは言っても、このウエートレスの例のように、実際の家族がみな幸せであるわけではありません。むしろ家庭内暴力や家庭崩壊の例は多く、その度に、子どもから「幸せであるために一番大切なこと」が奪われています。上に触れたオー村でのアンケートでは、将来に対する生徒たちの気持も聞いてみたのですが、そこでも私たちが予期していなかった反応がありました。かなり多くの高学年の女子生徒が、「将来の不安」について書いているのですが、その内容も結婚して新しく持つことになる「家族」についてで、夫が家族を大事にしてくれるか、暴力を振るわないか、仕事をきちんとしてくれるか、外に女性を作らないか、などでした。カンボジアの人たちにとって「家族」は幸せであるための最大の強みでもあり、最大の弱みでもある、と言えるのかも知れません。




強みであるにしても弱みであるにしても、「自分の幸せ」と「家族の幸せ」を一つのものと感じていることが、カンボジアの子どもたちの意識と私たちの意識との大きな違いだという気がします。カンボジアの子どもたちにとって、「家族」は単なる選択肢の一つではなく、意識の全体を占めています。それは私たちの目には“素朴過ぎる”とも見えるのですが、私たちがカンボジアの子どもたちの表情を見た時にハッとさせられるのは、私たちが失いかけているこの「素朴さ」を彼らが思い出させるから、ではないでしょうか。

 


カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題



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