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神奈川17区衆議院小選挙区 支部長 牧島かれん 活動報告

日本の未来への責任
○統治システム:スリム化と機動性
消費税増税を前に永田町と霞ヶ関の改革が必要です。議員の定数削減は言うまでもありませんが、現在の衆議院・参議院の役割を再検討し、その在り方自体を根本から問い直すべきだと考えています。行政組織も官僚依存体質から脱却し、民間の専門家を登用するなど、コンパクトで風通しの良い“機動力のある組織”への転換を目指します。

○外交・安全保障:情報戦への対応
現在の日本の外交は完全なる敗北状態です。日本の領土・領空・領海を守るために必要な国内法や組織、機関の整備を進め、武力攻撃や大規模災害に対応できる「緊急事態条項」の新設を成し遂げなければなりません。また今や外交は「情報戦」とも言えます。他国と同様に、そうした情報を扱うプロフェッショナルを育成することも必要でしょう。そして拉致被害者の早期救出を!

○教育問題:公教育の改革・グローバル化への対応
資源に乏しい日本では“人材”こそが宝です。しかしその人材を育てるべき教育にも問題が山積みです。いじめや学力低下など公教育には大胆なメスを入れねばなりません。教員の免許更新制度の復活を検討し、また教職課程において企業インターン制度を導入するなど、教育現場の人材育成に力を入れていきます。

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オバマ大統領再選
長い長い大統領選挙が終わりました。両者共にすばらしい戦いぶりだったと思います。
先週アメリカ、メリーランド州から来日されていたゲストから「今年も大接戦になると思う」とうかがっていましたが、その時に「ハリケーン、サンディーの影響が、現職の大統領の再選を促すのではないか」という分析も聞きました。まさに、その通りの結果になったのではないでしょうか。

ワシントンでは大統領選挙の年には、シンポジウムや意見交換会が盛んに行われ、それは選挙後にも続きます。
今回の選挙の勝因、敗因はどこにあるのか、これからの4年間の見通しが議論されることになるでしょう。選挙が終わってからも政治は動いていくことを実感させられます。

アメリカの大統領選挙は「選挙人」の数で決まるため分かりにくいと良く言われます。
上院議員と下院議員の人数(人口増減に連動する)によって各州の選挙人の数が割り当てられていますので、激戦州を制することが重要です。
共和党を選ぶ州、民主党を選ぶ州はこれまでの歴史的経緯も含めて、ある程度読めるのですが、大事なのはどちらになるか分からない州。こうした州を巡っての壮絶な戦いが今回も目立ちました。
ニューハンプシャー州の小さな町、ディクスビルノッチでは午前0時に、全米で最も早い投票と開票が行われたところです。10名の有権者の票は5対5で割れる、というニュースもありました。

選挙が終わり、慣習的に敗者がまず敗北を認めて勝者に電話をします。そして敗者がスピーチをしてから、勝者が勝利宣言をすることになっています。
ミット・ロムニー候補の演説の中では、ボランティアなど支えてくれたスタッフへの感謝の言葉が伝えられ、アメリカを、そしてアメリカ人を信じるメッセージが添えられました。
大統領が国を導いていってくれることに期待すると共に、国の建国の精神に沿った未来への希望が語られました。

一方、オバマ大統領は演説の中で、これだけの大激戦になった理由を、それぞれが自分の国を愛しているから、と説明しました。私もそれが偽らざる事実だと思います。
またアメリカの経済はこれからまだまだ良くなる、という信念と共に多くの支援によって、これからの4年間では更に良い大統領になるんだ、と力強い言葉で語っていたことが印象的でした。
2012年の大統領選挙も未来志向の実にアメリカらしさを感じるものでした。

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姉妹提携の具体策
神奈川県とアメリカ、メリーランド州は姉妹提携を結んでいます。メリーランドは首都ワシントンのベッドタウンでもあり、ワシントンにいた私にとっても馴染みの深い場所です。政府関係の研究施設が数多く存在し、国立衛生研究所(NIH)で新薬の検査などについての勉強会に出席したこともあります。バイオテクノロジーやサイバーセキュリティ、防衛関係の分野の企業が多く、博士号取得者とエンジニアが全米50州の中で、最も集中しています。

一時代前の姉妹提携プログラムは、子ども達の交流や文化交流が主流でした。確かにこうした事業も進めていかなければならないのですが、民間で実施されている事が多いのもまた事実です。行政が敢えて関わる提携プログラムはいかにあるべきか、今回は大きな示唆を頂きました。

今回のメリーランドからの訪日代表団は4名。クリーン・エナジーやサスティナビリティといった分野のエキスパートです。「これからの自然エネルギー政策を検証するため」という明確なビジョンで神奈川県内の視察、東京でのミーティングに出席されていました。

訪問代表団から「ジオパーク構想」についても話を聞きたい、というリクエストがあり、ネイチャーガイドの養成にも従事されている室伏友三先生にもご協力頂き、ディスカッションの時間を持ちました。

中東頼りのエネルギー政策を転換していくこと、行政が危機に対応できるように民間シンクタンクが働きかけること、水資源の問題も今後の議論にしていくこと等、テーマを出し合う事ができました。その他、鳥獣被害の問題やハリケーンの影響で鳥の動きが変化したのではないか、などプロフェッショナルの自然観察によって意見交換がなされたことも貴重なものでした。これからも私たちの地域の特色を活かした意見交換の場が対外的にも増える様に対応していきます。



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アメリカ大統領選挙投票日まであとわずか
アメリカの大統領選挙も佳境を迎えています。2000年、2004年と現地で取材、研究をしてきた経験から、この選挙がいかにハードであるかを見てきました。同時にアメリカ国民が「この大統領でないと困る」と真剣に議論し活動する姿も見てきました。

終盤戦の討論会は大きなハイライトです。「今日の出来栄え」を評価する目を国民が持っていますし、各陣営が発言する内容のうち「誇張しているもの」「ミスリードしているもの」もしっかりとチェックされています。



「それでもメディアの報道は偏っている」と私のホストマザーは地元紙に投稿をしました。「アメリカは自由と責任の国なのです」と。
私も8歳にして、ホストマザーからこの言葉を教えられました。もちろん、争点は経済問題から安全保障まで多岐に渡っています。
ロムニー候補は職業訓練や中小企業振興策などの対策を提案していますし、オバマ大統領は「世界は強い米国を必要としている」と述べています。



具体的な政策と共に重視されるのは「国のかたち」「大きな政府か、小さな政府か」「思いやりのある保守主義」を実現するには国民はどのようにコミュニティ形成をすべきか、といった社会の市民のあり方です。

先ほど届いたメールには、期日前投票をするのに1時間並んだという話が書かれていました。待ち時間は平均して1時間だそうで3時間待ちの会場もあるとか。政治の現場はこうした熱い気持ちによって支えらるべきだ、と私は思っています。

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グアム大学招聘プロジェクト報告文2
今回は、グアムの政府関係者とミーティングの内容を簡単に報告いたします。
グアムは日本から3時間半で行くことができる身近な海外と呼べます。アメリカ合衆国の準州なので大統領選挙の参政権は持っていませんが「アジアにおけるアメリカ」として大きな役割を果たしています。英語のほかチャモロ語も公用語で、先住民チャモロ人のほか、フィリピン人の割合も25パーセント程度と言われています。ちなみにチャモロ語で"Hello"は"ハファデイ"といいます。
観光と軍事が2大産業で、観光客のうち80パーセントは日本人です。滞在中に政府関係者とディスカッションをしていて良く話題にのぼったのは、ロシアからの観光客と中国からの観光客のことでした。
(写真はCalvo州知事、Bordallo合衆国下院議員、Tanorio副知事)





ロシアからの観光客は、長期滞在型が人気。3週間程度滞在するそうで、高級ホテルに泊まり、スーパーでお買い物をするのが特徴。温暖なグアムの気候と物価の影響から、ロシアの一定の富裕層はゆっくりとグアムを楽しんでいかれるそうです。ロングステイ中心の富裕層獲得は、恵まれた環境に拠るところも大きいのでしょうが、それなりのブランディングがあってこそだと感じました。一方で、中国からの観光客も大事なターゲットです。グアムでは中国からのビザなし渡航を認めるかどうかが今議論になっていますが、やはり経済効果を考えると受け入れていく方向で考えている様でした。まだまだホテルは「足りない」状態で、建設中のホテルもありました。元々は日本のホテルだったものが、中国系ホテルになった例も聞きました。これから30階建てで2000人を収容できるMICEを意識したホテルが建設されるそうで、コンベンションに向けた積極的な取り組みも感じています。
その中で印象的だったのは「スタンダードは日本人が作っている」という話でした。「日本人の満足度」が高いものは、世界で受け入れられると評価されているのです。ハードなものだけではなく、「ジャパニーズ・スタンダード」という理念そのものも輸出可能なものなのです。
(写真はWon Patグアム議会議長、Muna Barnes議員、観光協会)




現地の商工会会長や総領事ともお話させて頂きました。ウエディング、スポーツ、文化、教育と、グローバルに通じるものと、ローカルなものをミックスしたユニークなプログラムを生み出していくことで「安いから行く」ではなく「そこに行きたい理由がある」へ。観光地として成長していきたい、というグアム側の想いが強く伝わってきました。グアムは観光では日本と強い連携を、そして軍事部門ではワシントンと連動して動いています。45.7億ドルのグアム国内総生産のうち19億ドルは軍事関係です。それだけに日本と共同でアジアを守っていくという姿勢、「日本とグアムはとても近い関係を築いている」という意識を幾度も伝えられたことが印象的でした。
(写真はLeddy商工会長、清水総領事)



これからASEAN諸国との連携など、グアムと日本が一緒に考えて行動をしていく分野が多くなってくると感じています。アジアにあるアメリカ、グアムの戦略的重要性を強く感じ、具体的なアクションプランも議論することができた滞在でした。

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グアム大学招聘プロジェクト報告文1
グアムと言えば、バカンスの国。結婚式やハネムーンなどを思い浮かべる方も多いかもしれません。そんな素敵なグアムと、箱根。もっと友好関係を深めていこう、というプロジェクトを進めています。
以前の活動レポートでもご報告しましたが、今年に入ってグアムの観光協会長やグアム大学理事長を歴任されたサニー・アダさんを箱根にお迎えし、箱根とグアムの友好関係を更に発展させていくために議論を重ねていました。そんな折、急遽グアム大学よりレクチャーの特別招聘。
この時期に地元を離れることに抵抗はあったのですが、ビジネスでも政治の世界でも、タイミングが重要。「箱根、神奈川県西部の観光広報の一貫として」お話をお受けすることにし、夜中着のフライトでグアムに到着。次の日には大学での講義や要人へのご挨拶、インタビューなど分刻みのスケジュールで滞在をしてきました。まさに弾丸ツアーの強行となりました。
州知事はじめ、地元の方とのディスカッションについては次回報告することとして、大学でのレクチャーの報告を先に載せさせて頂きます。





グアム大学ではグローバルビジネスを専攻とする学生を中心への講演を依頼されました。大学側が呼びかけを行ったところ予想を上回る80名もの参加者がレクチャーを聞きに来て下さいました。立ち見も出るほどの盛況ぶりに大学関係者にも喜んで頂き光栄に思っています。今回のテーマは観光政策。日本はこれからインバウンドを増やしていかなければならないこと、訪日外国人が滞在中どのように過ごしているのか、各県各地域の特色などもデータを紹介しながらお話しました。「ようこそ箱根に」のDVDの上映や、エヴァンゲリオンマップの紹介、四季折々の富士山のカレンダー、そして「箱根湯本芸能組合」のカレンダーなど皆さんから大歓声をいただいたことをご報告します。



今回のレクチャー参加者80名中、日本に来たことがあるのは20名ほど。その内、東京、横浜に来たことがあるのは10名くらい。箱根、小田原、神奈川県の西に来たことがあるのは2、3人。これが現実です。
グアムは千歳、仙台、新潟、成田、名古屋、大阪、岡山、広島、福岡と9都市と直行便で繋がっています。それだけに各地からグアムに観光客がみえるのですが、一方で「新潟にスキーにいこう」「北海道で雪祭を見よう」「九州で地産地消の勉強をしよう」と分散をしてしまう傾向があります。また東京に宿泊して、横浜までは遊びに行くけれど、そこで止まってしまっているケースも多く、私たちにとっては「もったいない」状態が続いています。

大学生などの若い世代は、自らの楽しかった体験や写真などをフェイスブックやインターネットツールを利用して、瞬時に世界中に発信し周りに影響を与えるパワーを持っています。そうした層にも届くチャンネルを利用してどんどんと魅力を伝えていくことが重要です。レクチャーを終えて、参加者全員が「箱根、小田原に行ってみたい!」と言ってくれたことが何よりもの成果でした。実際に滞在してもらいファンを増やしていくことが次のステップに繋がります。グアム大学学長からも歓迎のお言葉をいただき、今後も連携していくことをお約束しました。現地の新聞社から受けたインタビュー記事も参考して頂ければと思います。

Visiting professor discusses Guam-Hakone partnership (Marianas Variety, Guam Edition 12 OCT 2012)




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松田町 秋の集い
10月6日(土)松田町の後援会による秋の集いを開催しました。3連休の初日、しかも午前中という慌ただしい時間帯にもかかわらず、多くの皆様にお集まりいただきました。
今回の集会は普段とはちょっと趣向を変えた会となりました。足を運んでいただいた皆様に、歌と笑いで元気になっていただこうとの思いで、牧島かれん応援団のお二人にも加わって頂きました。「星降る街角」「わたし祈ってます」などで有名な歌謡グループ「敏いとうとハッピー&ブルー」のリードボーカル佐々木徳也さんのステージと、噺家の柳家さん八師匠の高座をご用意しました。さん八師匠のものまねで、田中角栄元総理にも大変力強い激励をいただきました。
一緒に懐かしの歌を口ずさみながら、落語に大笑い。楽しい時間を多くの方々と共有することができました。

また、現在政府間で後退している外交問題についての私の考えもお話しさせていただきました。政治レベルでの外交が重要なことは言うまでもありませんが、海外の国民へ、直接日本の魅力を伝え日本のファンを増やしていく、という戦略も考えなければなりません。
日本の文化は伝統的なものからアニメ、漫画などの最新のポップカルチャーまで、徐々に世界に浸透しつつあります。コンテンツ産業の発展は、日本の魅力を世界に発信するツールとなっているのです。それ以外にも、日本の仕組み、システムには日本ならではの繊細さ、丁寧さが凝縮されているものが数多くあります。
例えば、電車が正確に運行され、乗り継ぎがスムーズな「鉄道網」は、鉄道や電車の車両を創るだけで終わらない、日本の得意分野。世界が日本の真似をしたくなる仕組みを通じて、日本のファンを増やしていくことで、外交パワーを増大させる。専門用語ではパブリック・ディプロマシーと言いますが、国と国との外交を建て直すにあたっては、こうした外国への影響力をフル活用した外交が必要になると私は考えています。
今後も楽しい企画を考えながら、より多くの皆様に自らの想いをお伝えできるよう、努力して参ります。



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タイの子どもたちに団扇を送るプロジェクト
タイの子どもたちに団扇を送るプロジェクトのお誘いを受け、箱根町宮ノ下観光協会のご協力を頂き8月3日に開催された「太閤ひょうたん祭」の団扇を譲って頂きました。このお祭りは、天下統一を成し遂げるために小田原城攻略を目指していた豊臣秀吉が、箱根底倉の地で将兵の戦傷を癒していたことをいわれとしています。太閤の石風呂は兵士を勇気づける温泉だったに違いありません。この地へは徳川家康、伊達政宗、淀君などが訪れ、新緑と山つつじに映える景色を見ながら盛大に宴を催したと言われています。

時代が下り、全国を統一した徳川家康は海外交易に関心を示し、1606年から朱印船制度を作りました。この朱印船に乗って長崎から台湾を経てシャム(タイ)に渡ったのが沼津藩主の籠担ぎだった山田長政でした。アユタヤで貿易を行い、日本には漢方薬の蘇木や鹿の皮を輸出していた様です。日本人町の頭領となり、シャム王からも信頼を得る存在となりましたが、当時の日本人町は最盛期に1500人から3000人も日本人が住んでいたのではないか、とも言われています。日本とタイの2つの文化を繫いた人物として映画化もされています。
歴史に想いを馳せつつ、団扇を通して未来の二カ国間の更なる友情が深まっていくことを願っています。



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ジョン・万次郎の魅力
先日、ジョン万次郎の直系曾孫にあたられる中濱武彦先生のご講演をうかがう機会がありました。かつて教科書で見た写真の中の万次郎の面影が中濱先生からも感じられ、地球を7周した万次郎の人生を、映画を見ているかの様に楽しく聞かせて頂きました。
万次郎は鳥島に漂着したいたところをアメリカの船に助けられ渡米。帰国後は通訳としても活躍し、勝海舟、福沢諭吉らと咸臨丸で太平洋を横断しました。現代で言うところの外交官やインテリジェンス・オフィサーとも呼べるかもしれません。

万次郎の幼少期の様子について多くは語られていませんが、器用な青年であったようです。鳥島に漂着したのは14歳の時。あほう鳥の卵と干し肉で五ヶ月間サバイバル生活をしていたのだといいます。そこを、カメの卵を探しに行ったジョン・ハウランド号に助けられました。あと1週間遅れていたら餓死していたかもしれないといいます。

船に救出された万次郎が他の青年とは違っていた所。それは10日程経って体力が戻ってきたら、自主的に船の中の仕事を手伝い始めたことでした。デッキの掃除から皿洗い、洗濯、中でもマストに上ってクジラを見つけるのが得意だったそうです。ホイットニー船長は「指示を受けなくても積極的に仕事をする」「チャレンジ精神があり勇気ある行動をする」「人種のるつぼでの適合性が高い」と評価し、万次郎に船員帽を渡しました。未知なる世界で、万次郎がいかに自分の道を切り拓いていったかがわかります。耳から学んだ英語の一例として「ワラ(water)が水」「ほったいをいじるな(What time is it now?)」などが記録されているらしく、万次郎が必死に環境に馴染もうとしている姿が目に浮かぶようです。

船がハワイに上陸しお別れのはずが、万次郎はアメリカ行きを決意します。船長は万次郎を航海士としての技術を習得する学校へ送り出し、主席で卒業。捕鯨船フランクリン号でその技術を活かしました。船内で新たな船長を選ぶ選挙が行われた時のこと。嵐が来た時に操縦が上手かった事を船員が高く評価し一位に選ばれました。(ただ同率一位が他にもう一人いたので、若かった万次郎は副船長に就任しています。)万次郎が日本に伝えたかったことの中に"Democracy"があったとされていますが、その背景にはこうした自らの体験があったことが容易に想像できます。一方、日本人にうまく馴染んで伝わらなかったとも感じていたようです。

直木賞を受賞した『ジョン万次郎漂流記』を書いた井伏鱒二氏も、萩原得司氏との対談の中で「それから、坂本龍馬なんかの外国に対する見方は、ポルトガルから持ってきたものと異うだろう。アメリカ式だろう。」と分析し、ジョン万次郎との付き合いがもたらした影響ではないかとしています。(『井伏鱒二聞き書き』)新しい時代を築いていくのだと立ち上がった日本の志士たちの胸の内には、伝統的なヨーロッパ方式ではなく新しいアメリカの息吹があったのではないか、という気が私もします。

ペリーを日本に向けていることを知っていたアメリカの人々は、万次郎の帰国のタイミングを「開国してからにした方が良い。うち首になったら大変だから」とアドバイスしたと言います。しかし日本には「外からの情報」が不足していると危機感を持っていた万次郎は開国前に日本に戻って世界の情勢を伝えるという使命を自らに課していました。こうして、万次郎がペリー艦隊来航の意図を伝えたことによって幕府は「無血開国」に踏み切ることができたのです。

波乱万丈の人生を歩んだジョン・万次郎。英語辞書、航海書、物理学入門、カメラ、ミシン、アコーディオンと多くの物を日本に持って帰ってきましたが、何よりも、いかなる境遇にあっても力強く生き抜く精神を伝えてくれたのだと感じています。モットーは"Never Give Up!"だったと、万次郎の息子さんの日記には記されています。

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拉致問題の解決に向けて街頭演説会
6月17日(日)、「北朝鮮による日本人拉致問題の早期全面解決」をテーマに小田原駅東口ポケットパークで街頭演説会を行いました。これは自由民主党全国青年部・青年局一斉街頭として全国95か所で行われたものです。神奈川県内では通常横浜での開催となるところ、今回は自民党神奈川県連青年総局次長の守屋輝彦県議地元の小田原での開催ということで、神奈川県内から青年局の若い世代を中心に、国会議員、県議・市議、選挙区支部長が小田原に集結し、約2時間に渡ってのリレー演説を行いました。

小泉元首相による電撃訪朝を契機として、北朝鮮に拉致された被害者5人がチャーター機で帰国した日から10年が経とうとしています。この間拉致問題の進展は遅々として進んでいません。一人残さず、全員取り戻す、結果を早期に出すことが求められています。北朝鮮の体制が変革している今年は拉致問題解決に向けた勝負の年にしなければなりません。

拉致問題の解決は政府、国会議員の役割ではありますが、地方議員の皆様とも想いを共有して、縦のラインで結束して街頭活動ができることを誇りに思います。そして、議員だけでなく国民一人一人が関心を持ち続け、あきらめない姿勢を示すことが、国際社会に発信していく上で重要なことです。救う会でも1000万署名を目指して活動を進めています。時間がたてば拉致問題を忘れるのではないか、と北朝鮮が誤解をしているのなら、1000万人が拉致を忘れていない、という声を伝えていくことが、事態を動かしていくはずです。皆様もぜひご協力下さい。

  

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カンボジアの子どもたち
このブログで継続的に紹介しています、カンボジアで支援活動をしている恩師からの現地の様子の最新レポートが届きましたのでお伝えします。

(引用)
仮に、アンコール・ワットなどの遺跡観光を目的にカンボジアを旅した人たちでも、この国を後にする時には、偶然に出会った子どもたちの独特な仕草や表情が脳裏に焼き付いているのではないでしょうか。それほど、特に農村部の子どもたちが生きいきと笑ったり微笑んだりする時の表情には、一瞬見惚れてしまいそうな不思議な魅力があります。そして、家計を助けるための畑仕事や漁の手伝いなど、きつい仕事をしている時でさえ、彼らの表情から子どもらしい清々しさが消えていないことに一種の驚きを感じます。

私たちを訪ねて来てくれる多くの日本の若い人たちも、こうしたカンボジアの子どもたちの姿に深く印象づけられるようです。そして以前には感じることのなかったような疑問が心の中に浮かんでくると、感想を漏らしてくれます。
「今にも崩れそうな藁ぶき屋根の家に住み、日々の食事にも事欠き、遊び道具もなく、学校に通うことについてさえ大変な苦労をしなければならない子どもたちが、どうしてこのような曇りのない爽やかな笑みを浮かべることができるのだろう。このような表情は、自分の子ども時代を含めて、日本の子どもたちから次第に失われて行っているような気がする。カンボジアの子どもたちの目から見れば、まるで天国のような生活をしている日本の自分たちは、彼らのように生きる喜びを表しているだろうか、逞しく生きているだろうか。自分たちは彼ら以上に幸せなのだろうか。“幸せ”とは何だろう。」
勿論、6年半もカンボジアに住んでいても、私たちがこうした疑問に答えられるわけではありません。カンボジアの子どもたちの大きな目を見ていると、彼らがこのような“問い”を投げかけているという気持にさせられるのは、私たちも同じです。



実は先日、オー村での「奨学金生徒の集り」で、子どもたちが“幸せ”についてどう感じているか、ほんのわずかの時間ですが尋ねてみました。生徒は小学2年生から高校3年生までの63名で、「自分が幸せだと感じる時に一番大切だと考えている点は何か」を幾つかの選択肢から選んでもらうことと、それについてのごく簡単な一行コメントを書いてもらうというアンケート形式をとりました。選択肢として設定したのは、「家族」「健康」「家での仕事」「勉強」「友人」「仏教の教え」「趣味・遊び」の7項目で、無記名で行いました。
結果として、大半の生徒が「家族」(29人)か「健康」(24人)を選びました。「家族」については、多くの生徒が「家族が幸せなら私も幸せ」、「家族が仲良く、助け合っていることが幸せ」とコメントしています。「健康」と回答した生徒がそれに次いで多いことにさほど驚きませんでしたが、コメントを読んでみて、新発見がありました。それは、殆どすべての生徒が「健康」を「家族の健康」と捉えていることです。主なコメントは「健康が家族を支えている」「家族の健康が幸せのもと」などです。「自分の健康」を家族から切り離して考えるという様子は見られません。同様のことが他の項目についても言えます。「家での仕事」を選んだ生徒(6人)は家族を支えているという意識を持った上で、特に自分に任されている仕事が“好きだ”という理由で選んでいるようです。「勉強」を選んだ生徒のすべてが「知識を増やして家族を助けたい」「将来、仕事をもって家族を幸せにするために勉強したい」と述べています。「勉強」という選択肢を選んだ生徒が3人しかいなかったのはやや意外でしたが、逆に「家族」を選んだ生徒の内の幾人かが「家族が温かく、私が勉強を続けることを支えてくれている」という趣旨のコメントをしているのを見ると、勉強も将来の仕事も、彼らの意識の中では「家族」と一つになっているということに気づきます。因みに、「仏教の教え」と「趣味・遊び」を選んだ生徒は一人もいませんでした。





少し話題が変わりますが、先日新しくオープンしたちょっと洒落た喫茶店に入ったところ、ウエートレスが余り流暢とは言えない日本語で話しかけてきました。彼女はまだ25歳という若さで、5歳の男の子と2歳の女の子の母親です。次第に身の上話風になってきたのですが、それによれば子どもの頃、家が貧しく父親が足に障害をもっていたため、「子どもセンター(養護施設)」に預けられて育ったということです。その施設では日本語を教えていたため、一生懸命勉強して良い成績を収め、日本で開かれたアジアの青年フォーラムにも派遣されたそうです。しかしその後、18歳で結婚したものの、今は離婚して小さな部屋を借り、二人の子どもを育てています。この喫茶店の給料が月50法部屋代が20砲如△箸討眄験茲任ないと悩みを語っていました。特に来年度から小学校に入学する男の子の教育費に頭を痛めている様子でした。
カンボジアの子どもたちが幸せの条件として「家族」を一番大切にしているとは言っても、このウエートレスの例のように、実際の家族がみな幸せであるわけではありません。むしろ家庭内暴力や家庭崩壊の例は多く、その度に、子どもから「幸せであるために一番大切なこと」が奪われています。上に触れたオー村でのアンケートでは、将来に対する生徒たちの気持も聞いてみたのですが、そこでも私たちが予期していなかった反応がありました。かなり多くの高学年の女子生徒が、「将来の不安」について書いているのですが、その内容も結婚して新しく持つことになる「家族」についてで、夫が家族を大事にしてくれるか、暴力を振るわないか、仕事をきちんとしてくれるか、外に女性を作らないか、などでした。カンボジアの人たちにとって「家族」は幸せであるための最大の強みでもあり、最大の弱みでもある、と言えるのかも知れません。




強みであるにしても弱みであるにしても、「自分の幸せ」と「家族の幸せ」を一つのものと感じていることが、カンボジアの子どもたちの意識と私たちの意識との大きな違いだという気がします。カンボジアの子どもたちにとって、「家族」は単なる選択肢の一つではなく、意識の全体を占めています。それは私たちの目には“素朴過ぎる”とも見えるのですが、私たちがカンボジアの子どもたちの表情を見た時にハッとさせられるのは、私たちが失いかけているこの「素朴さ」を彼らが思い出させるから、ではないでしょうか。

 


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拉致被害者救出のための署名
北朝鮮の長距離弾道ミサイル迎撃態勢を整えるための準備命令が防衛相から出されました。関係各国と緊密に連携しながら、事前に北朝鮮へ向けて、発射を中止するようメッセージを発信することは重要です。しかし、新体制のもと迎える金日成生誕100周年という時期において、新しい指導者が安保理決議を遵守することはあり得ないだろう、というのが専門家達の大筋の見方です。体制の移行にあたり揺れ動く朝鮮半島情勢。この機を捉えて、対応を政府にはしっかりと求めていきたいと考えています。ミサイル問題だけではなく、拉致問題の解決も時期を逃すことなく今動いてもらわなければなりません。

政府拉致問題対策本部では、北朝鮮に囚われている日本人の方々に向けて短波ラジオ番組を送信しています。北朝鮮向けラジオ番組「ふるさとの風」「イルボネパラム」というものです。日本語と韓国語でそれぞれ30分の番組を毎日各3回、計3時間送信しています。拉致問題についての政府の取り組みや日本や北朝鮮をめぐる状況も放送されています。今回のミサイルを巡る問題も北朝鮮国内と日本では報道の内容が異なるものに違いありません。日本のニュースが届いていることを祈ります。

この番組では懐かしい日本の歌と共にご家族の方たちからのメッセージも放送されています。昨年9月に収録された横田めぐみさんのお母様、早紀江さんからのメッセージにはこのようなものでした。

「あなたが眠る時にかけていたピンクのタオルケットもまだそのまんまお洗濯して置いてありますよ。時々お母さんはそれをかけて寝ることがあります。めぐみちゃんの何か給食のような匂いがしてくるような、何か悲しいような、嬉しいような気持ちでそれをかけて寝ることがあります。めぐみちゃんは絶対に負けない子だから、賢いし、元気だし、優しいし、みんなそれを知っていますから、全国の人が応援をしてくださっているから、とにかく病気をしないで、帰れる日が必ず来るから、何らかの形で不思議なことが起きるから、頑張ってその日を待っていてね。みんな頑張っているからね。」

めぐみさんたちが帰ってくる、何らかの不思議なことを、私たちは起こしていかなければなりません。救う会でも今年を勝負の年として、1000万署名をめざす活動を進めています。皆様のご協力をお願い致します。

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ラトビアとの出逢い
皆さんはラトビアという国に行ったことはありますか。
バルト三国の真ん中に位置する人口221万人の国です。
実は私は行ったことはないのですが、先日ラトビア大学の社会人類学者の先生から「是非インタビューをしたい」とのお申し入れを頂き、女性のリーダーシップを中心に1時間の対談を行いました。





事務所を訪ねて来て下さったアイビタ博士は「ラトビアは太陽が照っている時間が少ないから、太陽をモチーフにした手作りの工芸品を作っているんですよ」とお土産を下さいました。
女性政治家のインタビューをラトビアでも重ねてこられたアイビタ博士の質問は鋭く、又私自身もアメリカでの研究中にインタビュワーとして女性リーダーの取材をした時のことを思い出したりもしました。

「なぜ政治家になる道を選んだの」究極的な問いに私が出した答えはすごくシンプルなものでした。

"I believe in politics. Politics has solutions."
私は政治を信じているから。政治には解決策がある。

アイビタ博士はこれまで行ってきた多くのインタビューの経験から、女性にとって政治の道を歩む一歩がいかに難しいかを知っていました。そんな中でも特に、政治家の娘である私が敢えてその道を選んだことに興味をもたれたようでした。
"It's really a contradiction. You missed your father, but you chose the life style of your father, not your mother."
父親が政治家であるが故に、家族と過ごす時間が少なくて寂しい思いをしたはずなのに、同じ人生を選んだのは矛盾とは呼べないのかしら。
という疑問が彼女の中にはありました。

「私の中にはありません」とはっきりと答えることができます。
"That's why I know the importance of politics.
Because politics is tough, people who know how tough it is should be politicians."
だから政治の重要性を教えてもらったのです。政治とは甘いものではないからこそ、その厳しさを知っている者が政治に関わるべきだ、と思っているのです。

ラトビアの国会は100人で構成されていますが、その中で23人が女性です。
更に第6代大統領は女性のヴァイラ・ヴィーチェ=フレイベルガ(1999年から2007年)です。
東ヨーロッパとして初の女性大統領を誕生させた国は、ラトビアなのです。
ヴィーチェ=フレイベルガ大統領就任中は、ラトビアにとってNATOの加盟にEUの加盟と国際舞台での重要な決断をしなければならない時期にありました。大統領はこうした局面でしっかりと役割を果たし、国連改革における事務総長の特使にも任命されています。

インタビューに来て下さったアイビタ博士もヴィーチェ=フレイベルガ大統領がサミットなどの場所で、独特のスタイルで写真撮影の中心に収まっていく姿などを高く評価されていました。
こうした女性リーダーが持つ発信力が国の広報活動に繋がっていると実感することができます。
今回のインタビューも、多くの方たちと創りあげている牧島かれんの広報活動がもたらしてくれた出逢いでした。
これからも世界各地の方との繋がりを大切に日本を発信して参ります。

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ハッピーバレンタイン
今日は愛が溢れるバレンタインデー。縁結びのパワースポットとして知られる箱根神社でも、昨日何組かのカップルを見かけました。箱根でバレンタインを過ごされているのかもしれません。ロマンチックですね。

私は事務所で「逆チョコ」を受け取りました。そのチョコレートには、「チョコを選べば、世界が変わる」とのメッセージ。フェアトレードやオーガニックなど「人と地球にやさしい」チョコを食べてチョコやカカオを作る人たちを応援しよう、という考え方です。
フェアトレードについて書かれているホームページによれば、世界最大のカカオ産地で、世界全体の43%のカカオを作っているのはコートジボアール。2000年のアメリカ国務省の報告によると、9歳から12歳の少年が、コートジボアール北部のコーヒーやカカオのプランテーションで奴隷として働かされているのだそうです。楽しいイベントであるバレンタインですが、商品になるまでの背景も知った上で商品を選ぶことも大事かもしれませんね。

バレンタインのチョコレートは「想い」を伝えるためのもの。
皆さんの気持ちが届くバレンタインデーでありますように…

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韓国京畿道からの視察
神奈川県と姉妹提携を結んでいる韓国京畿道(キョンギドウ)。この地域は、韓国の中心地ソウルからもほど近く神奈川県と地理的な条件も似通った場所です。京畿道の議会(県議会にあたる)の韓日親善議員連盟の議員一行が神奈川県を視察に訪れるとのお話がありましたので、県西地域に是非とも足を向けて頂きたいとお伝えし、事務所でコーディネートをさせて頂きました。

秦野ではJAはだのを訪れ「はだのじばさんず」を見学し、直売所の出荷システムの効率化や都市農業の活性化の様子をご覧頂きました。日本の野菜の輸入が震災後に減ってしまっていましたが、直接品質を確認頂いたことで信頼を取り戻すきっかけになったのではないかと思います。

箱根ではガラスの森美術館で冬の光に輝く世界観を堪能して頂き、箱根グルメの田むら銀かつ亭で昼食を楽しんで行かれました。
震災以降、拡散した風評被害を食い止め、減少傾向にある海外からの観光客数を戻す為にも、発信力を持つ方々をお招きしていく必要があります。口コミ力で諸外国にもこの地域のファンを作っていかなければなりません。
これからも広く海外に向けても地元の魅力を広報して参ります。







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お勧めの一冊 第一弾
9.11と3.11の違い。
もちろん、テロと天災という決定的な違いはあります。しかし、政治という側面から見ると、二つの危機に立ち向かう政治の姿に大きな違いがあります。そのことを私は今年あらゆる場所でお話してきました。
2000年から2001年、2世紀にまたがってアメリカで過ごした私は、当時NHKワシントン支局の支局長であった手嶋龍一さんの下で研修生としてご指導を受けていました。
近年、手嶋氏は民放の情報番組などでもおなじみの顔となってきましたが、9.11同時多発テロにあたり不眠不休で中継をされていたことを皆さんもご記憶だと思います。先週上梓された手嶋龍一氏の著書『ブラック・スワン降臨』(新潮社・2011)。この書籍には「9.11-3.11インテリジェンス十年戦争」という副題がつけられています。

早速読ませていただきましたが、ノンフィクションの大作で、 描かれているのはアメリカの政権の判断ミスや日本の外相の情報漏洩、更には総理の無自覚な行動など。あまりの無策に怒りが込み上げて来る場面もあります。

「東アジアにかつて見られなかった危険な戦略的構図が出現しつつある」
「米当局者は日本の政策決定にとめどなき混乱を見た」
外交ジャーナリストが引き出す数々の証言に、日本の外交に差し迫った危機が忍び寄っていることを痛感させられます。

「北朝鮮の眼には、外交に不慣れな民主党政権が、基地問題で日米同盟を損なっている今こそ、絶好の仕掛け時と映っているに違いない。」

日本という私たちの祖国が、国際社会の中でどんな状況にあるのか。現代インテリジェンス戦に敗北しつつある日本の姿。フィクションであって欲しいと思わず願ってしまうほどの日本の実態がそこにはあります。
外交問題は、国の代表として選出された政治家が担うべき重大な役割のひとつです。ひとつ打つ手を間違えれば、最悪のシナリオに突き進んでいくことを、私たちは歴史から学んでいます。その重大な責任感をしっかりと胸に刻み、政治の道を志さなければと改めて痛感させられました。日本の外交を知る上でぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊です。

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北方領土の実態
12月5日の日の出テレビは、いつも日の出テレビの舞台裏でお手伝いいただいている法政大学の学生、山崎さんを「ゲスト」に迎えました。山崎さんは大学生として北方領土の択捉、国後、色丹の三島にそれぞれ1回づつ、計3回ビザなし訪問をしています。その活動は北海道のNHKで放映されたとのことで、日の出テレビの視聴者の中にもその番組を見られた方もいらっしゃったようです。

ロシアによるインフラ建設の状況、島での生活や日本人と島民との交流の様子など、現地で山崎さんが撮影した写真を交え、現場で感じた北方領土のお話を、時間を延長して聞かせいただきました。


国後島の港


択捉島の商店

北方領土問題は日露の二国間の問題だけでなく、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮といった周辺国の思惑、影響も合わせて考えなければなりません。多くの国から労働者として北方領土に来られている人たちがいること、小中学校が新たに建設されていることも分かりました。


色丹島の初等中級学校

山崎さんからは日本外交について、「戦略的に自ら問題解決しようとしているのか。なし崩しになっているのではないか」と厳しい指摘をいただきました。

なかなか報道されない北方領土の実態。「この番組を見た方が北方領土を身近な問題として考えてもらいたい。」とのメッセージとともに最後に紹介していただいたのは日本人墓地でのお墓参りの写真。これ以上解決を長引かせてはいけないとの思いを強くしています。





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女性の世界大会(Global Summit of Women)
Global Summit of Womenの大会の報告を続けます。
この大会は、かなりハードなスケジュールが組まれています。夕方には参加者全員が集い、ゲストスピーカーによる講演会が用意されていますが、朝から夕方までは、各グループに分かれてディスカッションを行います。女性のリーダーシップを中心としたセクションや、NPOに関するセクション、などがあり、各自が意見交換を行いたいグループに参加することができます。

私は女性のリーダーシップに関連するワークショップを中心に出席しましたが、それぞれの国における女性の位置付けや、抱えている問題を実際に国を代表する人たちから直接伺うことができ、日本のこれまでの女性のあり方の変化や展望を考える大きなきっかけにもなりました。
今の日本では、女性に選挙権が与えられ被選挙権を得て政治的な発言をできることが当たり前になっていますが、これも先人たちの戦いの歴史の上に成り立っているものです。
歴史を振り返ると1960年から1970年にかけてはself control(自己管理)の時代と言われ、女性のリーダーが誕生するさきがけの時期だったのだろうと思います。1990年代に入ってself fulfillment(自己実現)を意識した女性が増えていきました。2000年からはマネージメントの流れが強まり、self management(自己マネージメント)、自分の人生をいかに構築していくか、男性も女性も共に考えなくてはならなくなりました。2010年からはキーワードはbalance(ワークライフバランス)やcontribution to the society(社会貢献)へと変化してきています。男女の性差というよりも、女性であってもいかに社会の一員として働きかけていけるか、という問題が重要になってきている様に感じています。

社会で責任ある成長を実現させるためには、女性たちが自覚を持ってボーダーを乗り越えていかなければならない。
「頑張っていれば気づいてもらえるというものではないから!」というスピーチもありました。
時代が良くなったとは言え、男性にも女性にも努力と結果が求められます。
「男性を攻めては駄目よ。私たちが作ったんだから。」
そんなユーモアも聞かれる中、世界を見回してみると、まだまだ「女の子」というだけで教育を受けさせてもらえていない子どもたちがいることも忘れてはいけない、と改めて考えさせられました。

ナミビアのファーストレディーは、性差別の問題やHIVについての現状など、涙ながらに国の窮状を訴えられましたが、そこには気品が溢れていました。ナミビアの代表団の一人と朝食を共にしましたが、彼女は「ナミビアのことを多くの女性たちに伝えるために、ファーストレディーは絶対に参加しなきゃいけないの!」と参加を説得したと話していました。さすがの行動力です。
既にナミビア国内だけで女性の経済人が一堂に集まって意見交換をするサミットも開催されていると言います。



日本やアメリカという恵まれた国で現代を生きることができる私たちが、その環境を決して無駄にしてはいけない。 そんな話をCNNワールド・リポートのアンカーとして活躍されているRalitsa Vassilevaとも共有しました。



ちなみに、CNNは今回のイベントのスポンサーです。その他、飲料水ではペプシ、コンピューターではIBMがスポンサーになっており、社会貢献が企業のスタンダードになりつつあることを感じました。



IBMからは副社長のMarilyn Johnsonが出席し、イベントを盛り上げていましたが、彼女はアメリカの中ではマイノリティーであることもあり、特にアメリカのネイティブアメリカンの女の子にとっては憧れの的。
やはり、「ロールモデル」を持つことが、そして私たちの世代では「ロールモデル」になることが、女性のリーダーシップを発揮する上でいかに重要であるかと実感した大会でした。

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トルコの世界大会で出逢った友人
女性のお茶会を開催するにあたり、私がブログを通してお伝えした、「女性の世界大会(Global Summit of Women)」のお話をもっと詳しく聞かせて欲しい、というリクエストをいただきました。
この世界大会は政治、経済、文化で活躍をしている女性が集い、各分野のパネルディスカッションを経てネットワークを広げていくことを目的としています。女性が中心の大会ですので、各国の代表者たちは文化発信のために各国民族衣装に身を包み、華やかな雰囲気ではありましたが、会議の中身はいたって真剣で、国際的な連携を目指して、意見交換が活発に行われていました。
今年は5月にトルコ、イスタンブールで開催されました。1000人の参加者のうち、一番多く参加していたのが中国で69人。マレーシアからは、この大会の誘致に向けて演説とアピールを行うためファーストレディーを含め65人が出席。モンゴルからも45人、韓国からも41人、バングラディッシュ32人、南アフリカ32人と、大きな代表団が組まれていました。一方で日本の参加者は10人足らず。女性の大臣のラウンドテーブルも設営されていると言うのに、日本からは女性政治家の参加はこれまで一度もありませんでした。

モンゴルからは日本の友好国として震災へのお見舞いをいただいていましたので、私は日本のメンバーとしてお礼をお伝えに伺いました。

  

バングラディッシュの代表の方からも「日本はバングラディッシュの為に多くの技術を伝授してくれたけれど、日本で電気が使えなくなって、いざ薪とお釜でご飯を炊かなければならなくなった時は、今後は私たちが手伝うから」と友情溢れる言葉をいただきました。

  

参加する国の経済状況は様々ですが、女性の底力の強さには共通するものがあり、互いに励ましを得られるものです。
カメルーンは、民芸品のブースを設け、その収益で女性や子どもたちの地位上昇や自立を手助けしています。

  

韓国からは男女共同参画を担当するHee Young Paik大臣が演壇に立たれました。



女性が教育を受けていれば社会の未来は明るいということや、成功した女性たちが次の世代の光となるべき、というメッセージが会場に広がりました。

共に勝利を目指して頑張ろうと誓い合った仲間もいます。
アメリカで外交・安全保障を専門としているセリーナもアメリカ連邦議会の立候補予定者。



リーダーとして活動されている女性たちは皆それぞれしっかりとした専門分野を持っています。
だからこそ、結果を求められる場所でも積極的にアクションを起こしていけるのではないでしょうか。

マーガレット・サッチャー英首相の言葉を地でいく逞しい女性たち。この女性たちの集会がいかに運営されているか、次回ご報告したいと思います。

「言いたいことがあれば、男に頼め。やってほしいことがあれば、女に頼め。(In politics if you want anything said, ask a man. If you want anything done, ask a woman.) byマーガレット サッチャー」

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自民党に災害支援本部が立ち上がりました
タイの大規模洪水とトルコの大地震に対応するため、自民党に谷垣禎一総裁を本部長とする災害支援本部が設立され、昨日、党本部にて、内閣府、外務省、経済産業省、気象庁より状況のご説明を頂きました。

まずトルコについては、トルコ政府と緊密に協議しながらテント等の緊急援助物資の供与実施が決定されているとの報告を受けました。
震源地であるヴァン県においては、今回の地震によって小麦粉、飼料、建設資材、セメント工場などが被害を受けた模様で、トルコ経済全体に与える影響は限定的と考えられていますが、推移を注視していく必要があります。

タイの洪水被害に対しては、既に、テント、浄水器、救援ボート用船外機、ライフジャケット、仮設トイレなどの支援が進められています。
連日テレビなどで被害の様子についてご覧になっている方が多いためか、座談会などでもその要因についてご質問をいただきます。
5月から10月の雨季の降る降水量が、今年は例年の1.4倍、多い所では1.8倍に上っていたことが原因と考えられます。都心部を守るために堤防にそった排水を予定していましたが、歴代第3位を記録した降雨量。都心部でも1.5メートルの冠水の可能性が50パーセントにまで至っています。その面積は、関東平野に匹敵するとまで言われています。

被災により日系企業も、自動車やエレクトロニクスの分野で操業が停止され、直接冠水をしていなくても、冠水した地域から部素材が届かないなどの供給途絶の影響を受けている企業も多く見られています。この復旧には2、3ヶ月はかかると考えなければなりません。この状況に対して、具体的な援助物資の支援は既に進められていますが、タイの経済産業の復興対策でも日本の役割が期待されていると考えています。
サプライチェーンの寸断を回避するためにも、生産体制を日本でバックアップすることが検討されており、この期間にタイの人々の研修を進めるというお話もありました。また、タイ現地ではJICAの活動などでこれまでの調査実績もありますので、こうした時こそ治水防水対策も日本が協力をしながら再発防止につとめる役割を果たすべきだと考えています。
今後も具体的な情報が入り次第ご報告させて頂きます。

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トルコで発生した地震にお見舞い申し上げます
10月23日、トルコの東部でマグニチュード7.2の地震が発生しました。ロイター通信によると、この地震での死者は25日夜(日本時間26日未明)現在459人に達したそうです。
48時間ぶりに生後2ヶ月の赤ちゃんが無事救出されたとの報道もありましたが、一刻も早く一人でも多くの方たちの命が救われることを祈っています。

現在も懸命な救出活動が続けられているトルコですが、この春、トルコ・イスタンブールで開催された"Global Summit of Women 2011"に日本代表メンバーとして参加をしました。
このサミットは、政治、経済、文化各方面でご活躍の女性が世界中から一堂に集まる世界大会で、今まで日本の政治家の参加はなく、初めてお声をかけて頂き出席することとなりました。
女性の大臣が集まるラウンドテーブルもありますので、本来ならば、日本のプレゼンスをこうした場面でも高めていかなければならないのですが、アジアの中でも中国、モンゴル、韓国などの代表団が人数も多く存在感を示しているのが現実です。
この大会の様子はまたお伝えするとして、まずは大地震の被害に見舞われたトルコの皆さんにお見舞いを申し上げたいと思います。

皆さんにとってトルコのイメージはどのようなものでしょうか。
西洋とアジアの文化が重なり合う情緒溢れるイスタンブールの様子は歌にもなっていますが、トルコと日本の歴史にはもっと深いものがあります。

イラン・イラク戦争勃発時にイランに取り残された日本人を救ったのはトルコでした。
母国には戻れないと覚悟を決めた人もいた、と言われる中、窮状を知ったトルコ大使館のビルレル大使が「ただちに本国に求め、救援機を派遣させましょう。トルコ人ならだれもが、エルトゥールル号の遭難の際に受けた恩義を知っています。ご恩返しをさせていただきましょうとも」
と応えて下さったと言われています。
エルトゥールル号の遭難とは1890年に現在の和歌山県で起きた事件で、トルコの船が遭難したことを知った村人たちが総出で救助と生存者の介抱にあたったことから、日本とトルコの友好関係が築かれるようになったものです。
トルコ人には親日派が多い、と言われていますが、私もトルコ人との交流を通してそのことを実感しています。

今回の東日本大震災でも多くのトルコの方々が支援を下さいました。
トルコのファースト・レディーEmine Erdogan夫人(一番左。一番右はMCM代表のスンジュー・キムさん、と日本代表の佐渡アンさん。)や女性の地位向上を目指す庁のLeyla Coskun長官からもお見舞いのお言葉を頂きました。

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イスタンブールは異なる文化を融合させ他の地域へインスピレーションを与える存在ともなっていますが、繋ぎ合わせているのは文化だけではありません。
過去と未来の結び目でもある、という印象があります。
歴史と近未来のテクノロジーが一体となった町。


そんな魅力溢れるトルコが再び元気を取り戻せるように願っています。
日本も震災によって大きな被害を受けましたが、だからこそ共有できるノウハウがあるはずです。
共に復旧・復興を目指して協力していきたいと思っています。

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遺族会の皆様と
毎年湯河原町の遺族会の皆様と靖国神社の参拝をご一緒させて頂いています。
ご家族を先の大戦で亡くされた方々と語らいながら、ご英霊の皆様と向き合う時間は大切なものだと思っています。
私の祖父はシベリアに抑留されましたが帰国することができ、戦後母が生まれました。
祖母は満州から引き揚げてきましたが、その時3人の子どもたち、私にとって叔父、叔母を亡くしています。
それぞれの家族に戦後の影が残っていることを私たちの世代までは実感していますが、次の世代にはどのように伝わっていくのだろうか。
遺族会の方々からは不安にも似た思いが伝わり、靖国神社や千鳥ヶ淵墓苑について広く知って欲しいというお声が聞こえてきています。

「靖国」という名前には「心を安らかに、穏やかな平安にして、いつまでも平和な国につくりあげよう」という明治天皇のお心が込められていること。戊辰戦争、ペルー来航、佐賀の乱、西南戦争、日清・日露・大東亜戦争などで尊い命を国家のために捧げられた方々が祀られていられること。軍人ばかりでなく女性の神様もいられることなどはあまり知られていないのかもしれません。

そして靖国神社の後には千鳥ヶ淵墓苑にもうかがいました。ここでは先の大戦において海外で亡くなられた戦没者のうち、政府や遺骨収集団等が外地から帰還し、ご遺族にお渡しできなかったご遺骨をお納めしていますが、周囲の敷石に根府川石が使用されていることが紹介されました。
そして最後に献花をして、皆さんと「ふるさと」を歌いながら、平和への祈りを捧げました。

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日本で大統領選挙はできるか
「かれんさんは何故日本で大統領制度を導入することに反対なのですか」というご質問を頂きました。
以前、「日本の首相はなぜ一年しかもたないのか?」という質問に、私なりにお答えした中で、“政党政治の成熟度”という点が少なからず影響しているのではないか、とお伝えしました。政治に参画する枠組みは必要。しかしだからと言って、日本において国のトップを大統領制によって選択することには反対です。
今回は少しその部分を掘り下げてお話しようと思います。

既にアメリカでは2012年11月の大統領選挙投票日に向けて各地で戦いが繰り広げられています。
アメリカの大統領選挙はその過酷さや長さから「マラソン」に喩えられます。アメリカでは国家のリーダーを選ぶのに時間をかけるべきと考えていますが、これが日本だったらどうでしょう。1年以上もの間、国中各地で選挙体制を取る、ということが果たして日本の風土の中で受け入れられるでしょうか。?

アメリカでの長い選挙戦を支えているのは、党員です。党員集会や予備選挙を行うことで大統領候補が絞られていくのですが、党員として党の帰属意識を持っている人口が少ない日本においては、条件が整っていないと私は考えています。

来年に向けて、アメリカのオバマ大統領は再選を目指すことになるため、選挙戦の注目は共和党に注がれています。
共和党側の候補者はミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事、テキサス州のリック・ペリー知事の二人が有力とされてきました。
しかしディベートでの評価でペリー知事が支持を落とし、会社経営者のハーマン・ケイン氏が急浮上してきました。
9.11の時のリーダーシップで有名なルディ・ジュリアーニ前ニューヨーク市長も候補者になるのでは、と言われていましたが、参戦しない意向を表明。前回副大統領候補であったサラ・ペイリン前アラスカ州知事も不出馬と発表しています。
ここから先新たな候補者が出てくることは考えにくいのですが、一体誰が抜け出るのか展開が読みにくいのが今回の共和党の候補者レースです。

マラソンは厳しいものですが、それ故に候補者は長く過酷な戦いの中で育てられていきますし、数多く討論会を重ねることで、各候補の国家観が提示され、国民の理解も深まっていくのです。討論会を紹介するメディアがあることも重要な条件となります。
どうしてもワイドショー的、視聴率至上主義的な今の日本のメディアにおいて、報道の責務として長い選挙戦を伝え続ける準備が不足しているようにも感じられます。同時に、日本国民それぞれがリテラシーを持ち、自らのトップを選ぶために情報収集し、選択をしていくにはそれなりの時間と覚悟が不可欠です。

2012年の大統領選挙は予備選挙の日程の変更などもあり、複雑さを増しています。
従来であれば2月の頭にアイオワ州の党員集会と、ニューハンプシャーの予備選挙が行われ、ネバダ州の党員集会、サウスカロライナ州の予備選挙を経て3月頭のスーパーチューズデイを迎えるはずでした。
しかし、今回フロリダ州が1月末に予備選挙を設定することにした為、州法でアメリカで一番最初に党員集会を開くことを決めているアイオワ州が1月3日に党員集会を開催することを決定しました。
年明け早々から大統領選挙のレースが本格化します。
長期化する予備選挙を勝ち抜き、そして共和党対民主党の本戦に備える。
相当な体力とチーム編成が必要になるのがアメリカの大統領選挙です。

もちろん、私自身も日本のトップの顔が短時間でころころ替わることには危機感を感じています。
しかし日本の風土、国民性を考えると、大統領制度を受け入れ得る環境にないというのが現状だと認識しています。
一方で、政治への国民の関心を高めていくことが政治そのものの質をあげていくことになります。そのためには政治を志す者ひとりひとりが襟を正し、国民のサーバントとして地道な活動をしていくほかないと考えています。

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めぐみさん47回目のお誕生日
10月5日、横田めぐみさんのお誕生日にはご本人の姿はなく、拉致問題を考える国民大集会が川崎で行われました。


めぐみさんが日本から北朝鮮に拉致されて34年、5人の帰国から9年。何ら進展のない時間が過ぎています。
「このままでは日本は『自国民がさらわれても何もしない国』と言われる。」「人の命を助ける思い、魂を日本の政治家に求めたい。」「日本は本気なのか、他国は見ている。」横田さんご夫妻の言葉には、北朝鮮の情勢を見極めた上での毅然とした政府の対応を求める強い願いが伝わってきました。

北朝鮮は体制の転換期を迎え交渉の場を求めている、とも言われる中、民主党内の部会で「何をもって解決とするのか、政府の政治決断をするべきだ。首相が泥をかぶるしかない。」といった幕引きを模索するかの様な発言があったとの報告もありました。自分の家族が同じ目に遭っても、そのような発言ができるのでしょうか。

全員取り戻すまで戦い続ける。
それが私たちの想いです。

「この国のために頑張ろうと思っていた子どもたちが、あの国の為に使われることになるとは思っていなかった。北朝鮮に行けと言われれば行く。撃たれても刺されても構わない。」と訴えられるお母様の姿に、何としても政治家が頑張らなくては、との思いを更に強くしました。

めぐみさんが好きだった「おぼろ月夜」「みかんの花咲く丘」を皆で歌い、来年のお誕生日にはめぐみさんと一緒にお祝いできる様にしなければとの決意を新たにしました。
決して風化させることなく、国民一致団結して運動を続けていきましょう!

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聴覚心象
グローバル社会を生きていく中で、意志疎通のツールとしての英語。その必要性は疑問の余地がなくなって久しいのにも拘わらず、学習方法が依然として確立されていないという印象を持っていられる方も多いのではないでしょうか。

小学校から英語に触れる時間は増えてきていますが、学ぶ意欲に火がつかなければなかなか身になりません。どんな時に子どもたちが英語に興味を持つのか、私の恩師である田崎清忠先生をお招きして勉強会を開催しました。
「子どもたちが英語を学ぶきっかけになるもの」について伺ったところ、「和製英語がとっかかりになるのでは」という事例を示して頂きました。

例えば「モーニング・サービス」は「ホテルで出る朝食」というイメージですが、これも和製英語。アメリカのホテルでは"early bird specials"として提供されることがあります。朝、ご飯、サービス、それぞれの単語を知ってるだけでは想像できないワードです。

"easy"という中学1年生で習う単語。
「簡単な」という訳で覚えますが、卵の焼き方を表現する場合は「半熟で」という意味になります。
こうした生活の中で使う語彙を学ぶ想定になっていないのが、日本における英語教育の問題点なのではないか、と田崎先生は指摘されています。

本来"breakfast"と聞いて頭に浮かぶイメージと日本語の「朝食」のイメージは異なるものであるべきなのです。
これを"acoustic image"「聴覚心象」と言います。
「朝食=ご飯にお味噌汁に納豆に豆腐」を想像してから、単純に単語を英語訳した「=ブレックファスト」と覚えても言語をマスターしたことにはなりません。
「ブレックファスト」と聞いた時に思い描くイメージが例えば「パンにベーコンにスクランブルエッグ」でなければ本当の意味で言語を習得したことにはならない、という解説は説得力があります。

次の会話をイメージしてみてください。
"What did you do last Sunday?"
"My husband was not at home. He went to Osaka on business. I was happy."

「先週の日曜日は何をしていたの?」
という問いかけに対して、英語文化圏の女性であれば「孫と一緒にお買い物に行ったのよ。」とか「コンサートに誘われたの。」などと答えることでしょう。

しかし上で紹介した回答は日本人女性のものです。
「宅の主人が留守でしてね。大阪に出張だったんですよ。助かりましたわ。」
とでも言うところです。
主語は「宅の主人」です。「あなたは何をしていたのですか?」と聞かれているのにも拘わらず、日本語で表現する井戸端会議の風景をそのまま英語訳すると、実は英語を母語とする人とのコミュニケーションが行き違いになってしまうことがあるのです。

「言語の構造は話者の思考を決定している」というのは私も納得している説です。私も時と場合と相手によって、より伝わりやすいように言語のスイッチを切り替えることを心掛けています。
田崎先生からは「日本の政治家は話が抽象的すぎて、要領を得ないし、通訳がついて時間がかかる為、国際的な会議の場でインタビューの対象にしてもらえない」というご批評もいただきました。

そのような事態を早く克服し、国際舞台で堂々と渡り合える日本の代表を増やしていかなければならないと痛感しています。

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10年の歳月
2001年9月11日のことを私は生涯忘れられないでしょう。

その頃住んでいたペンタゴンにほど近い自分のアパートで目撃した同時多発テロ。
あれから10年の月日が経とうとしています。
多くの犠牲者の方にとって、時計の針が進む速さで傷が癒されていくということはなく、こんなにも長い時間が経過したとは信じられないような想いだろうと思います。

現地にいた私にとっても、あの日の匂いや音、空気は脳裏に焼き付いています。
真夜中に映像を見た多くの日本人も、あの日のことを良く覚えていると思っていました。
しかし、大学生と話していて、互いに抱いている9.11の印象がかけ離れていることに気付きました。考えてみれば20歳の大学生にとってはかすかな記憶。
彼らにとって9.11は10歳の時の出来事なのです。

グラウンド・ゼロも再開発事業が進められています。
跡地の半分を占める記念広場には犠牲者慰霊のための2つの大きな人工池が創られ、犠牲になった方たちのお名前が刻まれています。
この名前、生きていた時と同じ様に、家族や同僚は寄り添い合う様に隣り同士に記されているのです。

記念博物館も建設中ですが、商業地区として復興の象徴となることも期待されています。
ワールドトレードセンターが以前と同じ様に人々でにぎわう地区を目指し、また人々がそれを受け入れられるようになるには10年の月日が必要だったのではないでしょうか。
次なる目標に向かって前進しているグラウンドゼロの行方をこれからも見つめていきたいと思っています。

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カンボジアの支援現場より
カンボジアの恩師から現地の様子を記したメールが届きました。これまでも何度かご報告させていただいていますが、引き続き現地の様子をお伝えします。

(引用)
2週間ほど前、CさんとRさん(共にはたち代半ばの女性、夜間大学の4年生、シエムリアプ・カトリック教会に所属しています)に案内されてトゥムヌプ・オニュチャング村の子どもたちに会いに行きました。二人は大学の最終試験も終わったので、日曜日を利用して貧しいこの村の子どもたちへのケアーを始めたいということでした。
オニュチャング村には乗用車が入る道がないので、私たちはそれぞれ彼女たちのバイクの後ろに乗って村に向かいました。この村はアンコール・ワットの直ぐ手前に位置していますから、バイクが走る道はアプサラ道路と呼ばれる観光道路で、カンボジア内ではめったに見ることができないほど整備されています。
行き交うのは観光バスやトゥクトゥクですが、勿体ないと感じるほどすいていて、生活道路としては殆ど使われていません。比較的最近、この道沿いにアプサラ機構(遺跡を保全管理する政府機関)のオフィスが建設されましたが、大きな洒落た建物で、ひときわ目を惹きます。
私(隆一)を乗せたRさんは、「貧しい人々の様子は、観光客には見えないんですよね」とつぶやきました。確かに、近くにそれほど貧しい村があるとは思えなかったのですが、この舗装道路を離れてアプサラ・オフィスの裏側に回り、僅か100メートルほどデコボコ道を行った木立の裏に、オニュチャング村の集落が広がっていました。
一見して、私たちがいつも関わっているオー村より更に貧しい村だということが察せられました。

すぐに子どもたちとの交流が始まったのですが、私たちにとって予期しない経験となったのは、その後Eさんという中年男性と出会ったことでした。彼はトゥローという伝統楽器の演奏者だということで、私たちを熱心に彼の家に誘ってくれ、演奏を聞かせてくれました。
楽譜も見ずに、気持よさそうにカンボジアの行事でお馴染みの曲を次々と弾きながら、自分の演奏に合わせてスコー・ダイ(小太鼓)でリズムをとるように私たちを促したり、トゥローそのものを弾いてみるように勧めたり、とても気さくな人で私たちを楽しませてくれました。
全盲の奥さんも優しく私たちを迎えてくれました。聞くところでは、Eさんは田畑を持たないため、普段は荷車を曳き、くず拾いをして生計を立てているそうです。副職として結婚式などで 演奏することがありますが、7人のグループとして2日間雇われて、一人当たり1?だということです。
式場が遠い時にはバイクのガソリン代で消えてしまうと言っていました。そしてこの話をきっかけに、Eさんをはじめとしてこの村の人々は田畑を持たず、それがこの村が通常以上に貧しいことの背景だということを知りました。

カンボジアの農村では、仮に田を持っていても収獲した米を商品化できる農家は少なく、一般には一年間家族が消費するだけの米の収穫があるかどうかが問題となっているという現状です。そのため、生活を維持するためには農業以外に現金を得る道を探さなければなりません。
丁度6月26日に、rfa(ワシントンにキー・ステーションを置くカンボジア語放送局)がこの問題についてウェブサイトに取材記事を載せました。その内容の幾つかを抜粋、要約してみます。

30歳代の男性オーム・パウさん
「衣服を買うお金も子どもの通学に必要なお金もありません。10歳で4年生の娘を学校が休みの日に草刈りの仕事に雇ってもらい、学費を稼がせています。食事も充分には与えられず制服も買ってやれませんから、中学校に進ませることはできないでしょう。とてもつらいです。」

43歳の男性メーング・ニーさん
「家計の苦しい親は、子どもが5年生以上になって何らかの仕事ができるようになると、すぐに学校をやめさせます。」

二十歳代の女性ムト・パーンさん、涙ながらに
「学校に通わせることはおろか、病気になった時に病院へ行くお金もありません。食事を充分に摂れないので、血液不足の病気をもっています。子どもたちを働きに出さない限り、物を買うお金も食べ物を買うお金もありません。」

何人かの話
「米の収穫が少ないので、大人も子どももイモ畑の草むしりの仕事に雇ってもらいます。一日働いて1000リエル(20円くらい)です。」

男性チョムナクさん
「学問が大切なことは分かっています。でも定職が何もない以上、残念ですが子どもを学校に行かせることができません。」

6年生で退学した若い女性
「勉強はしたいです。私が学校に行けなくなった理由はたくさんあります……学校が遠いこと、ノートを買うお金がないこと、お父さんがいないこと、などです。学校をやめてからもう随分時間が経って、文字を書くことができません。」

この記事は、事態を憂えている中学校の先生のコメントも記しています。―
「年度の初めに7年生(中学1年生)は1クラス50人で5クラスでした。ところが年度末には5クラスは変わりませんが、1クラス20人になりました。半分以上がいなくなってしまったわけです」。

田畑を持っている場合でも農民の生活の実態がこの記事の内容のようであるとすれば、田畑のないトゥムヌプ・オニュチャング村の人々の生活がどのようなものか、想像に難くありません。

話はもとに戻りますが、Eさんとの出会いに先立って行われた「子どもたちの集い」では、小学生を中心に約50人の子どもたちが集まってきました。
その表情に暗い影は見えず、カンボジア特有の子供らしさを発散させていました。この日の集いでは特別なプログラムは用意せずただ顔合わせを目的にしていたのですが、CさんとRさんが上手に子どもたちをリードをして、歌を教えたり自己紹介の仕方を教えたりしていました。
これまでにない体験を、子どもたちは心から楽しんでいる様子でした。ただ、私たちの心をよぎったのは、この子どもたちが近い将来負うことになる生活上の負担がどのように重いものになるか、学校で学ぶことを妨げる障害がどのように大きなものになるか、という心配でした。

CさんとRさんの大学卒業後の将来像も確定しているわけではありませんから、トゥムヌプ・オニュチャング村の子どもたちとの関わりが今後どのように進んで行くのか、まだはっきりとは見えていません。
ただ、カンボジアの若い女性二人が特に貧しい村の子どもたちを心にかけ、彼らの喜びのために何かをしたいと願っている限り、私たち二人も彼女たちの友人として、
できるだけ傍に付き添っていたいと考えています。
(引用終わり)

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アリゾナ銃乱射事件
アリゾナ州トゥーソンの銃乱射事件でクリスティーナ・グリーンさんが犠牲になり、本当に傷ましく思っています。
彼女は2001年9月11日、米国同時多発テロの日に生まれた「希望の顔」の一人だったと報道されています。
生徒会役員に選挙で選出されたばかりで政治家を目指していたとか。
9歳で政治に関心を持っていた少女を失ったことはあまりにも悲しいものです。

暗殺計画にあったガブリエル・ギフォーズ下院議員は私にとってエール大学Women's Campaign Schoolの先輩にあたります。
このコースには女性で政治の参画を目指す人たちが集まり、卒業後も互いに励ましあう関係にあります。
同窓会のメールではギフォーズ議員の忍耐強さや回復力を信じようという声明が発表されました。

ギフォーズ議員の回復を祈りつつ、犠牲になられた方へ追悼の意を表したいと思います。


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自民党南足柄市連合支部時局講演会:小川和久氏をお迎えして
北朝鮮情勢、中国の動向、ロシアの存在、日本を取り巻く動向が大きく揺れ動く中、
軍事アナリストの小川和久氏をお迎えして時局講演会を開催いたしました。

小川先生は「軍事評論家」ではなく「軍事アナリスト」です。軍事は国家の存亡、国民の生命の問題であるから「批評」するのではなく「分析」をするというお立場を取っていられます。
今回のお話で印象的だったのは、アメリカの空母ジョージワシントンの演習時における位置取りの絶妙さを解説して下さったことでした。

韓国の排他的経済水域にあり、中国は刺激せず、北朝鮮との距離感をはかる。
相手の出方を計算しながら、つまりシミュレーションした上で決定されたものであることが分かります。

また「静かなる外交の勝利」という表現は日本でしか通用しないもの、との言葉にも頷かれた方が多かったように感じています。
考えついても、思った通りにいかないのが外交。一手で全てが決定するわけではありません。
「ボクシングは12R、外交はエンドレス。」
これからも、アンテナを高くはり、皆さんとも外交・安全保障・危機管理について共に考える場所を持ちつつ、日本が得意とされてこなかった分野を強化していきたいと考えています。

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尖閣問題の教訓
外交問題の議論が予算委員会で続いています。

尖閣諸島沖で起きた中国漁船の領海侵犯と、海上保安庁の船舶との衝突。インターネット上に流出したビデオ映像で、海上保安庁の制止を振り切っての故意の衝突であったことは明らかになりました。本来ならもっと早くに公開されるべきでした。

国際社会に向けて情報を正式なルートで早急に公開しなかった事で、捏造や偽造をされたものではないかといった意見を封じられなくなっています。私は、現在公開されていない前後の映像も含めて、全ての映像公開も検討すべきだと考えています。

また、漁船船長の釈放について、「那覇地検の判断」での釈放という説明をいつまで続けるのでしょうか。政治的な判断があったのかも分からぬまま、政府は責任を取っていません。

仮に明日同じ事件が起きたら、現場はどの様に対応すべきなのか、その議論が不足しているように思います。今回の政府の対応で、現場の保安官に不安が広がり、判断に躊躇が生じれば日本の安全は守れません。事件の検証も重要ですが、政府こそが危機管理の対応策を明確にすべきなのではないでしょうか。

更には、ロシアのメドベージェフ大統領の北方領土訪問に対してはどのように対応していくのか。 外交政策の基本方針を決め、明確なルールを発表して欲しいと思っています。
菅首相からは、はっきりとした言葉が聞こえてきません。

世論調査で、民主党政権の外交・安全保障政策について不安を感じるという人が9割を超えるという報道もありました。私のところにも日々の活動でお会いする方々から、またメールやツイッターでも、心配する声がきています。

11-12日はG20、13-14日にAPEC首脳会議と、外交日程は目白押しです。
外交問題での失点は、取り返しがつかなくなりかねません。日本の未来を守る覚悟が問われています。


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カンボジアの若者
これまでも恩師のご縁でビーチサンダルを贈るなどの活動をご報告してきましたカンボジアの様子を皆さんにもご紹介します。

(引用)
 高校卒業試験をパスしたオー村の生徒については前回の通信でお伝えしましたが、先日その内の二人が突然シエムリアプの我が家を訪ねて来ました。オー村の生徒が都会に出て来ることは稀で、これまで2年間も関わっていながら市街地で出会うことは一度もありませんでしたし、私たちも全く予期していないことでしたので、この突然の訪問に驚きました。この二人、ソヴァンとターワンは共に20歳の女性で、家の門を入るなり、「せんせい、こんにちは! おげんきですか!」と日本語で叫んで満面の笑みを浮かべました。実は二人とも、観光ガイドを養成する日本語学校への入学手続きのために街に出て来たということでした。
 オー村の「日本語教室」に参加している小学校から高等学校までの生徒約110名の中で、前年度高校3年生だった生徒はこの2人を含めて僅かに3人、今年度は1人だけです。それだけ、高校を修了するまでの通学を全うすることが難しい、ということでしょう。ソヴァンの場合、中学と高等学校は家から8?離れていて、田舎の道を自転車で順調に走っても片道40分かかり、雨季には通行が不可能になることが度々ある、ということでした。二人とも木造高床式の家に住むごく一般的な農家の娘で、田植えや収穫の時期には父母の農作業を手伝い、毎日の食事の支度を受け持つことは当然のことだと受け止めています。農家としての経済状態は中程度ですが、娯楽やおしゃれのための余裕はありませんし、文房具さえ充分とは言えません。
 彼女たちは日ごろから“めっぽう”快活な若者たちですが、この日我が家で1時間半ほど話していた時には、殊のほか晴れやかな表情に終始していました。12年間の通学を全うできたという思いや、これから新しい世界に向かって歩みだそうとする昂揚感がそうさせていたのでしょう。
しかし、彼女たちの将来は決して約束されたものではなく、むしろ今、幾つもの新たなハードルが眼前に現れてきているということでもあるのです。彼女たちは街の日本語学校に月曜から金曜までの毎日を自転車で通うと言っています。その距離は20?強ありますから、片道1時間半近くかかるかも知れません。月額10?の授業料の捻出も課題の一つです。それでも二人は私たちの心配をよそに、「だいじょうぶですよ」と事もなげに笑っていました。
 実は問題がもう一つあり、二人ともバッタンバンという隣の州にある「教員養成学校」の入学試験も既に受けていて、もしこれに合格すればこちらに通うことを優先して、将来は高等学校の教師になる希望を持っています。ただ合格の望みが叶えば、バッタンバンで2年間を過ごすという難しい課題が生じます。学校は国立で授業料は不要ですし、住居は恐らく親戚を頼ることになるのだと思いますが、日々の生活費や、授業料以外の学費をどのように賄うかを解決しなければなりません。それでも彼女たちは悲愴感を少しも漂わせていません。この若い女性たちの生き方の爽快感はどこから生まれてくるのだろうかと、自分自身に問うような気持で、私たちは彼女たちの話に耳を傾けていました。
 
 この二人とは別に、若いカンボジア人の生き方を見せられたケースがもう一つあります。D君は26歳の、とても生真面目な性格でどちらかと言えばインテリタイプの独身男性です。母親や妹と同居していますが、家計は大変苦しく、彼が一人で背負っているという状態です。彼の家を訪問した人の話では、家族全員で一尾の魚をつつき合う食事をしているということでした。それでも彼は大変な向学心の持ち主で、私たちが最初に彼に出会った時には、既に日本語の会話をかなり習得していました。更に自力で大学にも通っています。痩せていて背丈も低いのですが、主たる仕事にしているのは空港の荷物運びです。誰の目にも“向かない仕事”と映ります。私たちも不思議に思い、他の仕事はないのかと尋ねたことがあるのですが、結局、一番報酬の良い仕事を選ばざるを得ないということでした。その他に彼はカンボジア人に日本語を教えたり、日本人にカンボジア語を教えたり、時には日本のNGOからの臨時の依頼で簡単な翻訳や通訳の仕事を受けたりしながら、何とか家計と学費を賄ってきました。
 一か月ほど前、このD君が我が家を訪ねて来た時、いつもは表情の硬い彼が珍しく目を細めて、「先生、嬉しいニュースです。空港の正社員に採用されて、チェックイン・カウンターで働くことになりました」と報告してくれました。予想しなかった展開に私たちもびっくりすると同時に、彼のこれまでの切ないほどの努力がこれ以上望めないような形で実を結んだことに、思わず快哉を叫びました。「3年間じっと辛抱して、やっと夢が叶いました」と彼はつぶやくような声を洩らしました。次の週にも彼から別の報告がありました。「大学の卒業研究はパスしました。11月に結婚します。皆さんのお蔭です」。永く冷たい冬の後、いきなり桜の満開を見ているような気持です(カンボジア人には通じにくい表現ですが)。2週間後の結婚式には、心からの祝福を送る気持で参加できそうです。

 もう一つだけ、小さなできごとについて触れさせて頂きます。ほんの数日前、私たちはシエムリアプ市のはずれにある「シルク・ファーム」(フランス系のNGOが運営しています)を訪ね、そこで一人の若い女性に出会いました。どこか見覚えがある人だと思ったのですが、すぐに思い出しました。もう3年も前になりますが、彼女が街の大きな日本語学校の生徒だった時、友達に案内されて2,3度我が家を訪ねてきたことがある、ボッパーという名の女性でした。勿論彼女も私たちを憶えていました。そのころはまだ、簡単な挨拶もおぼつかない程度でしたが、今ではこの大きなNGOで日本語のガイドをしているということです。清潔な環境の中でカンボジア・シルクの文化を紹介する仕事は楽しく、やりがいがあると話していました。全くの偶然の出会いだっただけに、ここにもまた、健気に人生を歩んで花を咲かせている一人の若者がいることを知り、私たちはとても幸せな気持ちにさせられました。

 上に述べたカンボジアの若者たちは別々のケース、別々の人生を歩んでいますが、彼らの生き方にある種の共通点があることに気付きます。それは、自分が負っている苦境を“他の人や周囲の環境のせいにしない”という点です。特に上記の三人とはずいぶん永い付き合いですが、彼らから、自分の置かれた状況についての文句や愚痴や他への非難などの言葉を一度も聞いたことがありません。少し妙な仮定ですが、「もし自分が同じ状況に置かれたら」と考えると、いかにも社会や政治のせいにしたり、学校のせいにしたりしそうです。親のせいにするかも知れません。健全な政治批判、社会批判は当然必要ですが、どのような状況の中でも“人のせいにしない”彼らの生き方が前に述べたような“爽快な”印象を私たちに与えるのでしょう。私たち外国人はカンボジアが国としての“自立性”に乏しいことを批判しがちです。しかし、私たちは多くのカンボジアの若者から、人間としての“自律性”の豊かさを充分に学べる、という気がしています。

クーレーン山への遠足

途中休憩
手伝ってくれた村の人たちと仕出し弁当

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水遊び 一番手前がソヴァン
ボッパーと、シルク・ファームで

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(引用おわり)
恩師が「人間としての自律性」を身につける様にと中高時代に何度も話されていたことを思い出しています。「石の上にも3年」日本で最近聞かれなくなった言葉をカンボジアの若者から教えてもらった気がします。

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全員生還
チリの鉱山事故の救出に感動した方も多かったのではないでしょうか。今私は博士号を授与した母校ICUで主にJICAを通じて留学している大学院生の授業を受け持っています。パブリック・マネジーメント(公共経営論)の講義には中国、韓国、フィリピン、スリランカ、ドイツ、日本の学生がいます。

今日の講義はチリの話題から。救出にあたって炭坑作業のリーダーが最後まで残ったこと、33人の役割をリーダーがいかにマネージしていたのかなど興味深く話し合われました。
世界からエキスパートの助言も集まっていました。NASAからのサポートもありましたし、日本も消臭機能や吸湿性に優れた下着を届けていました。

一方で、国のリーダーも「クリスマス前までに救出をする」と宣言し、期日より早い段階で救出を実行したことは高く評価されました。期日を設定し、それを守ることができなければ悲劇的な気持ちが広がったことでしょう。日本のリーダーにも教訓を示してくれている様に感じます。

クラスではちょうど先週が「危機管理とコミュニケーション」、今週が「ネゴシエーション」をテーマにしており、現実社会で起きていること、各国の考え方に至るまで活発な議論が積み重ねられています。今後も教室で繰り広げられる多国籍の学生たちからの話題や気付きなどについてもご報告していきたいと思っています。


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9.11から9年
9.11は私にとって生涯忘れることのできない日です。
今年はグラウンドゼロの近くにモスクを建設するのか
コーランを燃やすという主張が許されるのか
と穏やかでない議論も噴出する中で迎えることとなりました。

モスク建設に反対するためプラカードを持つ人の中には、何の罪もない大切な人を、イスラム過激派によって一瞬にして失ったという真実があります。
一方で、アメリカは宗教の自由を守る国でなければならないと、多宗教の信者を集めた交流会を開催した人たちもいます。

いずれもアメリカの姿であり、沈黙をせず立ち上がる人々がいるからこそ、「国家とは何か」という大事な問いを、国民ひとりひとりが考える機会が生まれているのではないでしょうか。

国家を失ったら私たちは難民になってしまう。
今一度皆で、国づくりを考える時期が来ているように思います。



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ふたつの演説
昨日の共同記者会見に続いて討論会。
政治言語学者としての観点から分析すると、言葉足らずの演説、という印象を受けました。
日本はどの方向に進もうとしているのかといった指針、グランドデザインを提示し未来に向けたメッセージを伝えるという点が充分ではないのだと思います。

「政治とカネ」というテーマを避けて通れない以上、内向きにならざるを得ないのかもしれませんが「クリーンで開かれた政治、闘う菅直人」という決意は自らの立場を表明したものであり国家像を示したものとは言えません。
またマニフェストの順守を掲げる小沢前幹事長の「官僚任せでない政治主導、国民主導の政治」も、もっと説明が必要です。
「政治主導」という表現は耳心地の良い言葉として使われますが、実態を示していかなければ日本の政治の未来像は描かれないだろうと思います。

一方、同日ホワイトハウスでオバマ大統領がイラク駐留米軍戦闘部隊の任務完了を宣言した演説には、国民の疑問に答える内容がしっかりと盛り込まれていることを感じます。

「イラクの戦闘を終結したと言ってもまだ危険なのではないか」という点には「イラク軍の訓練を行っている」とし、「アフガニスタンはどうするのだろう」という点にも「アフガニスタンに集中しつつアフガンへ権限移譲を始める」との見通しを出しました。
一番巧みだと感じたのは、「民主党オバマ政権はやはりテロに対して及び腰だ」という批判を抑えるための文言の作り方です。

前ブッシュ大統領を引き合いに出し、アルカイダへの作戦は続行することを告げています。
更に「この戦争を支持した人も反対した人もいたが、共に愛国心からであり、兵士への感謝とイラクの未来を望む思いでは我々は一致している。
(As I’ve said, there were patriots who supported this war, and patriots who opposed it. And all of us are united in appreciation for our servicemen and women, and our hopes for Iraqis’ future.)
と、愛国心をキーワードに、オバマ流の「われわれは一つ」が強調されています。
そして最後には「喫緊の課題は経済の再生である」と付け加えることも忘れていません。

アメリカ大統領の言葉は国内だけでなく世界に影響を与えるだけにコミュニケーションを支える部門も充実しています。
日本も世界において重い責任を担っている国家です。
首相を選ぶ代表選挙での言葉に、もっと期待したいものです。




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お茶会第9弾
一雨降って、暑さも少しおさまってきた昼下がり。9回目のお茶会を開催しました。

話題は終わったばかりの大井ひょうたん祭。私自身今年は根岸下の自治会で出場したこともあって各チームの工夫をこらした衣装や練習のお話などで花が咲きました。

そして、今月のかれん新聞で取り上げた「子宮頸がんのワクチン」のお話。「検診」の習慣をもっと広げていかなければ、予防医学は発達しません。検診には人間ドックの様に半日程度要するものもあれば、子宮頸がん検診のように15分程度で終わるものもあります。私自身も実際に検診を受けて、思ったほど時間がかからないことに驚きました。

腹部の断層を撮影する超音波検査(エコー)も保険が適用されました。「夫にはドックを勧めるのだけれど...」という奥様方に「奥様が倒れて困るのはご主人です」とお伝えしてきました。

今回のお茶会で、やはり8月が日本人にとって特別な意味を持つものであることを再認識しました。

防空壕に逃げた時のこと、焼夷弾の匂い、原爆ドームの前で感じた震え。

「今日本の若者が戦地に行かなければならなくなったら...」

「ひとり息子を出すわけにはいかない」
65年前にも、同じ思いを抱えた母の姿があったことでしょう。

ご近所では大切な田んぼを預けて戦地に赴いた方もいた、というお話も伺いました。

オバマ大統領が広島の地を訪れるかどうかは、アメリカの国内世論にかかっていると報道されています。

中間選挙を控えた時期に、核のない世界を目指すアメリカの大統領として日本にいかに向き合っていくのか。

多くの日本人には肌感覚で捉えにくいことですが、アメリカの多くの家庭には兵士として戦地に行った人、今行っている人、行くかもしれない人が存在しています。

国を守るため命を賭している人々を決して軽んじてはならない。彼らには敬意を払うことが当然である。

こうした考え方が流れている国家のリーダーにとって、過去の戦争とはいえ彼らの行動を否定していると受け止められることは避けなければならないのです。

もちろん兵士一人ひとりの行動が問題なのではありません。

いつの時代も戦地に赴く、戦争を始める、という決断をする国家の責任、つまり政治家の決断が問われます。

二度と国民が戦渦に巻き込まれることのないよう、「平和を守る」という重責を負うのも政治。いかにして平和を維持していくのかを考えるのも政治の努めです。

改めて世界における日本の役割、そしてその責務を担うことができる人材を選んで頂くことの重要性を感じています。

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所信表明演説
昨日、菅直人新総理による所信表明演説が行われました。皆さんはご覧になりましたか?
今回方針として打ち出された「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」の実現という言葉。
しかし実際には、所信の表明というよりは、「自己紹介」に時間が割かれたように感じたのは私だけでしょうか。
国民への信頼を要請するのであれば、賛同したいと思えるような具体的なビジョンや、政策を示して欲しいと思っています。

また、拉致問題にどれくらいの時間を割いて語るのか、という点にも注目していたのですが
『拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的解決を図り、不幸な過去を清算し、国交正常化を追求します。拉致問題については、国の責任において、すべての拉致被害者の一刻も早い帰国に向けて全力を尽くします。』

拉致被害者について言及したのはたったの一文でした。総理は前日(10日)に拉致被害者のご家族の方たちと面会しています。私も拉致問題解決のための緊急集会に参加していましたが、その途中、ご家族の方々は官邸へ向かわれました。
横田めぐみさんのお母様、早紀江さんが「これが被害者全部の苦しみであり、悲しみです」とめぐみさんについて書いた著書を手渡された時「ぜひ読まさせていただきます」と総理は答えたと報じられています。
『全力を尽くす』と言うのは、簡単なことです。私は拉致被害者の帰国、という“結果”を求めます。

明日、自民党青年局は全国で一斉街頭活動を行います。神奈川県ではJR川崎駅の東口と西口。14時30分から16時まで。テーマは「北朝鮮に拉致された日本人の早期全面解決」です。

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演説の内容とは少し離れますが、所信表明演説の時間帯を、多くの人たちが帰宅し生放送で見られる時間帯に行う方法も考えるべきなのではないかと思っています。
例えばアメリカでも「一般教書演説」がありますが、これは東部時間で夜の9時から生中継されます。主な政治課題や大統領の方針を伝える大事な演説だけに、ゴールデンタイムでの放送となります。
日本でも、夜のニュース番組で演説の内容は解説されますが、全部を紹介してくれるわけではありません。所信表明演説は、総理の人となりを知る場ではなく、あくまでも、国の指針を見定める場であるはずです。
国民一人ひとりがじっくりと国のリーダーの言葉に耳を傾ける時間があっても良いと思います。

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横田めぐみさんご両親箱根でご講演
政局が動いています。日本は一国だけで存在しているわけではありません。
国の信頼を失うという事態は政府として恥ずべきことだと私は考えています。

政権が交代して少しも進まなかった大事な事の一つに拉致問題の解決があります。

「交渉が一度も行われなかった。」

この週末箱根で開催された勉強会で横田めぐみさんのご両親、滋さん、早紀江さんがおっしゃった言葉です。

中国の温家宝首相も来日されています。朝鮮半島情勢についてどれ位深い議論が進められたのでしょうか。

真に国民を守る政府の姿を私は求めて参ります。

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韓国哨戒艦沈没
3月に起きた韓国海軍哨戒艦「天安」の沈没の原因を究明した結果、北朝鮮によるものだという結論が出されました。韓国の李明博大統領は24日、北朝鮮に経済制裁を含め、「断固たる措置」を取る姿勢を明確にしました。

韓国では6月に地方選挙を控え、現政権が北朝鮮に対し毅然とした態度を示す必要があった、という見方もあります。

国際的な視野で物事を捉えるとき、それぞれの政府の思惑を読み取る冷静さは重要です。
一方で、今回のような人道を逸した行動に対し、国際社会の中で連携を強め、正しいメッセージを発信していかなければならないことは、言うまでもありません。

中国政府の対応に注目が集まっていますが、日本・韓国・アメリカ、そして中国の足並みを揃え、一丸となって厳しく追求する必要があります。

特に日本では拉致問題という、一刻も早く解決しなければならない問題を抱えています。今回韓国政府は制裁のひとつとして、北朝鮮に対するラジオ放送を再開することを決めました。拉致された被害者を救うため、日本でも北朝鮮へ「しおかぜ」という短波放送を行なっていますが、韓国政府とも連携して進めることも可能だと考えています。

また、日本がこれまで幾度となく北朝鮮との交渉の中で学んできた蓄積もあるはずです。今回の事件をきっかけに、日本政府も積極的にイニシアティブを取りながら行動してくれることを強く望んでいます。

カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題

トレイルウォーカーのお手伝い
はじめまして!
大学に通いながら、かれん事務所で勉強させていただいている、HIGと申します。
今日は、先日お手伝いした活動についてご報告致します。

4月23〜25日箱根にて開催された、NGOオックスファム主催”トレイルウォーカー・ジャパン2010”のお手伝いに参加して来ました。
このイベント、自分の体力に挑戦すると共に、貧困から立ち上がろうとする人々への支援資金として、知人友人に寄付を呼びかけ1チーム当り12万円以上の寄付金を集めて参加します。(これをファイントレイジングと呼びます)
世界11カ国に渡り開催され、各国で2日間100キロを歩きます。
日本のコースは、神奈川県小田原市から山梨県山中湖村までの100キロです。

私は芦の湯フラワーセンターにありますチェックポイント2にて、ホットフードコーナーのお手伝いを担当致しました。 
インスタントカップの袋開けと飲料水の補充、湯沸しなどのお手伝いをしましたが、当日の箱根は小雨の降る気象条件で、手がかじかんでスープの蓋を開けられない参加者の方もいらっしゃる程の低気温でした。
私も薄着を後悔しておりましたが、ホットコーナーは大盛況で、寒さを感じる暇すらない程忙しく、ちょっとコツをつかめ始めた頃にはもう夕方でした。 

世界規模のイベントとの事で、参加者のランナーの大半の方は海外の方でした。皆さん礼儀正しく、元気いっぱいで私も元気をもらいました。ベジタリアンの方が多かったのも新発見でした。

今回のお手伝いで地元のボランティアの皆様ともご一緒させて頂きました。社会には様々な活動に積極的に参加されている方々がいらっしゃるのだと勉強になりました。 
昨年は171チームが参加し、約5000万円もの寄付が集まったそうです。
ファインドレイジングをして、100キロを歩き通す人々の挑戦する姿は、私の見聞を広げてくれました。
私も日々精進です!

詳しい情報は、Oxfam TrailWalkerにてご確認ください。

HIG

カテゴリ:スタッフ日記 外交・国際関係・拉致問題 子育て・教育・スポーツ

農業は架け橋
アメリカのトム・ヴィルサック農務長官との対話集会に参加しました。アイオワ州の知事を2期務めた長官は農業の専門家として長官に任命されました。まずは、アイオワ州と山梨県が姉妹提携されているお話から対話はスタート。きっかけは50年前、山梨に台風が来て農業が大きなダメージを受けた時、アイオワの人々が立ち上がったことにあります。35頭の豚がはるか遠いアイオワから山梨に届けられ、今でも農業を通じた交流が続いているそうです。

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「『食』は日本文化の重要な要素である」との指摘があり、日本の農業への期待も感じました。グリーンテクノロジー、バイオといった視点で農業の役割を拡大させることで、飢えに苦しんでいる人々を救うこともできる。後継者不足はアメリカでも課題ではありますが、もっと前向きに将来像を見据えた議論が進められている、という印象を持ちました。

経済・貿易・環境と農業が架け橋となって繋ぐ分野は多岐に渡り、農業自体が、国際的な問題点への解決策になっていく…無限大に広がる農業の未来を明るいものと捉える長官に頼もしさを感じました。

アメリカの長官の仕事ぶりを評価するだけで終わるわけにはいきません。日本でも自給率向上や地産地消への取り組みは、浸透してきました。しかし、私の政策の中でも打ち出しているように、「食べること」と「農作物をつくること」だけの相互作用だけでなく、「商業」や「工業」との連携。さらには、国際社会における貧困問題など、日本の農林水産漁業が問題解決への一端を担えるよう、広い視野で考えていく必要性を実感しています。日本の「食」「農業」の将来像をしっかりと描くため政策立案を重ねて参ります。

カテゴリ:かれんより 農林漁業 外交・国際関係・拉致問題

アメリカで医療保険改革法案が成立
日本で取り上げられた、アメリカの【医療保険改革法】成立のニュース。

国民皆保険制度の日本では感覚が掴みにくい面がありますが、『歴史的成果』としてアメリカでは【医療保険改革法】が成立しました。

クリントン政権時にはファースト・レディであったヒラリー・クリントンが医療保険改革に取り組み、当時は「ファースト・レディの権限を逸脱している」という非難もあり挫折。中間選挙でも民主党に打撃を与えたと言われました。

「アメリカはこの瞬間を迎えるために100年待ち続け、何十年間も戦い続けてきました。やっとここまで来れたことに感謝します」

これは、オバマ大統領から送られてきたメールです。「医療費の心配をしなくて済むようになれば、家族も健康で幸せな生活を送ることができる、夢を追い求めることもできる」と続いています。

(アメリカではこの様に多くの政治家がメールマガジンを発行しています。私も定期的に「かれんマガジン」を送らせて頂いていますので、登録希望の方はメールでご連絡ください)

運用の方法については議論があり、大統領も議員への説得に時間を使いましたが、誰しもが目標を目指したり、夢や志を抱くには、まずはひとりひとりの生命を守る基盤が国にある、という保障があってこそ。

その理念は多くの人が認めるところではないでしょうか。

カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題 医療・福祉・年金

菜の花から春めき桜
今日、地下鉄サリン事件から15年を迎えました。

当時、高校卒業したばかりの私は、次なる目標に向けた準備を進めていました。
一緒に勉強していた友人のポケットベルに、お母さんから「地下鉄のそばにはいませんか?心配しています」というメッセージが届きました。

いつもは地下鉄を利用していた友人でしたが、その日はたまたま私と待ち合わせをしていたため、ルート変更。
もしあの時、いつものように地下鉄に乗っていたら…今でもその時のことは忘れられません。
多くの方が犠牲になり、未だ後遺症を抱えている方もたくさんいらっしゃいます。

心の傷や、悲惨な記憶を消すことはできません。

また、二度と同じようなことが繰り返されないよう、無差別テロに対する厳重な対策も重要なことです。
ワシントンで9.11の現場にいた時、アメリカの友人から「オウム事件の教訓を教えて欲しい」と言われました。過激派組織が取る行動パターンについて、日本が経験から他国に伝えるべきものがもっとあったのではないか、と今も感じています。

しかし、忌まわしい事件を抱えながらも、それぞれが幸せを求め、逞しく生きていることに、私は人間の真の強さを感じています。
私も、いろいろな過去を抱えながら、今日もこうして青空の下、活動をさせていただいています。
ふと後ろを振り返ると、足がすくむこともありますが、今日は、そんな重苦しい気持ちを、音楽で癒してもらいました。
「たのしい音楽会」では、ゴメンズ×スマンズの優しい歌声で、心が潤いました。

ゴメスマと.JPG


春らしいイベントにも参加してきました。

「今年の菜の花はうまく育ちませんでした」という看板が出迎えたのは大井町ひょうたん池で開催されている「菜の花まつり」。
発芽、若芽までの成長は順調だったようですが、11月の降水量が例年の倍の16日間もあり湿害の影響で、数も背丈も寂しい菜の花になってしまったようです。でも、菜の花の黄色は、元気を与えてくれますよね。

大井町菜の花.jpg



南足柄の桜まつりは既に「花吹雪」の状態で、満開は過ぎてしまっていました。それでも春木径から幸せ道を楽しまれるご家族がたくさんみえていました。
「幸せ道」はゴムチップで舗装されていますので、車輪も滑らかに進みます。車椅子やベビーカーでのお花見は、こちらが便利です。

南足柄桜.jpg


農地の社会化を目指す南足柄市では、遊休農地での市民の農業参加と、花による地域おこしが進められています。今日も地元の農産物を販売するお店が数多く出ていました。
「地域ブランドを発信する」、お祭りにはそんな役割もありますよね。

三連休、ぜひお花見や地元農産物のお買い物に、県西地域を満喫して下さい。

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TOYOTA
日本の代名詞の一つでもあるTOYOTA。
日本のものづくりへの安全神話が今、揺らいでいます。
一企業のリコール問題というより、国際的な問題になりつつあるのを感じています。

アメリカ議会での公聴会が開かれましたが、アメリカCNNがプリンス・トヨダ社長に対して『パブリック・ファミリー・フォトがない“シャイ”な人』という形容詞をつけていたことが気になります。
アメリカ企業が、歴代の経営者の写真や家族写真(ファミリー・フォト)を机の上に飾る慣習と、日本のそれとを比較することはできませんが、”シャイ”という形容詞には、危機に対して軟弱だ、というイメージが影響しているように思います。

“sorry”という単語を公聴会という場で使うことが適切だったのか、グローバル社会の中で問題が発生したとき、企業側がどのような言葉で、いかに対応するのか、ある意味、与えるイメージを想定して対処する必要があります。

また、日本にはあまり馴染みがありませんが、アメリカでは消費者の声を代弁するロビイストの存在も大きいと言われています。
私がアメリカ下院議員の事務所の研修生だった時、毎日20人、30人という数でロビイストや活動家など様々な声の代弁者たちが事務所を訪れては、資料を置いていかれました。同様に電話、ファックス、メールも多く入ってきます。それらは専門性を持った事務所スタッフによって整理されていきますが、「声なき声」をそのままにしない民主主義のプロセスを実感しました。

グローバルに経済活動が行われている今だからこそ、その国の現状や文化、言葉の意味合いに至るまで、しっかり認識して応じなければなりません。
迅速に、かつ説得力のある対応が求められます。


一方で、これは一企業だけの問題で済ませてはならない気がしています。

ワシントン在住中の取材で、 アメリカ議会の公聴会に立ち会ったことがありますが、非常に緊張感が漂う場所です。
「経営のあり方に問題はなかったのか」「責任の所在はどこにあるのか」「日本とアメリカで対応の違いはないのか」一つの企業の経済活動とはいえ、社会全般に影響がある問題だけに「政治の責任も問われている」という意識が議員の発言から感じられます。
国民の声を受け止め必要とあれば超党派でも対応をするアメリカ議会です。
普天間基地問題などを含めた日本への苛立ちが、少なからず今回のリコール問題にも影響を与えている、という専門家もいます。

日本の政府は、そこまでの認識があるのでしょうか。
日本はこれまで、ものづくりへの技術力の高さを世界に誇ってきました。
今後も日本の精密さと技術力は、日本の経済活動の根幹を担っていくと思います。

この問題が、アメリカ議会や社会全体への不信感へと広がらないよう、日本政府としても対応すべきだと考えます。

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ハイチ救済募金活動ご報告
本日午後、小田原駅でハイチ救済のための募金活動を実施致しました。
政府として500万ドルの緊急無償資金援助を表明していますが、ハイチの現状を考えると充分ではありません。
子どもたちが希望を失わないように、再び笑顔を取り戻してくれるように、思いを込めて募金を呼びかけさせて頂きました。


ハイチ救済募金活動(圧縮済).jpg



多くの方が足を止めてくださり67896円の募金になりました。
お預かりしました募金は神奈川新聞厚生文化事業団を通じて、皆様の思いと共にハイチへとお届け致します。

イギリスでは7才の少年が立ち上がり、町中自転車で回りながら募金を呼びかけた事がニュースになりました。
その姿が多くの大人を動かしたと報道されましたが、今日の募金活動にもたくさんの子どもたちが参加して下さいました。
お父さん、お母さんと相談してお金を握りしめ募金箱まで歩いてきてくれた小さなお子さんもいれば、お小遣いからでしょうかお財布から募金を出して下さった中学生もいました。

地震の恐ろしさを知っている日本人だから今のハイチの人々の気持ちに思いを重ねる事ができるのかもしれません。

震災の時はお互いに助け合う。
その輪が国境を越えるよう、一歩を踏み出させて頂きました。

ご協力ありがとうございました。




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核なき世界をめざすーヒロシマの体験をふまえてー?
今日は、ご自身が被爆者であり、医師をされていた
肥田舜太郎先生のお話を伺ってきました。
肥田先生は爆心から6キロメートルの戸坂村で
被爆者医療を行われた医師です。

一時間以上のご講演では、現場に立ち会った先生だからこそ
伝えることのできる壮絶なお話を拝聴することができました。
息も絶え、頭がだらりとなってしまった赤ちゃんを背負ってこられたお母さん。
4人の子どもの内ただ一人助け出すことができた子どもだからと
先生に治療を求められたそうです。
もう命のない赤ちゃんの足の傷に消毒液を塗り、ぼろ布を巻いた先生に、
お母さんは何度も頭を下げてお礼を言われました。
そのお母さんも3日後には他界されました。

また松江でお産を終えたばかりの新婚のご夫妻の話も聞かせて下さいました。
奥さまは出産のため松江に里帰り中、
ご主人が広島で原爆に遭ったことを知りました。
町が焼け野原になったと聞き、奥さまはいてもたってもいられず
乳飲み子を預け、広島へ向かいます。
8月6日から一週間が経っていました。
親切な農家の方の牛小屋で体を休めつつ一週間。
奇跡的に戸坂村でご主人と再会します。
村の人々もその再会に感激し、
10人に10個配られるおにぎりの内9個を10人で分けて
1個はご主人に渡し、若い夫婦をなんとか早く元気にして
帰してあげようと思っていました。
「良い日本がそこにはあった」と先生は語られています。

しかし、ご主人は体力を回復させていく一方、
奥さまの具合が悪くなり、ついに亡くなってしまったのです。
直接ピカドンを浴びなかった奥さまですが、
一週間後のヒロシマに残っていた放射能で被爆してしまっていたのです。
村の人は皆泣いていた、と伺いながら、私も涙してしまいました。

先生ご自身も40歳の時レントゲンで検査を受けたところ
骨は80歳の骨と診断されたそうです。
老化を進めてしまうという放射能の影響を受けられているからです。
それでも現在93歳の先生は
今存在している225万人の被爆者の為にも
講演を続けていかれたいと話されています。

まだまだ世界にはヒロシマ、ナガサキのことを
知らない方もいらっしゃいます。
海外の講演では「なぜ日本人は報復をしないのか」と問われるそうです。
しかし唯一の被爆国に住む日本人だからこそ
世界に向けて責任あるメッセージがある。

私もこのことを後世に伝えていく義務があると再認識した時間でした。

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フェアトレードについて
 先日、国府津の国道一号線沿いにある、ちえのわハウスで開催されていた催し「第7回ちえのわフェア―チェンジのにない手になろう―」へ行ってきました。
主婦の方たちが立ち上げたこのお店では、安心、安全な暮らしをコンセプトに、フェアトレード・地産地消・エコ商品などを取り扱っています。
今日のブログでは、この「フェアトレード」を取り上げたいと思います。

 途上国の多くの地域は、豊富な自然資源と伝統の技術を持ちながら、商品開発のノウハウや商品を販売する技術や能力が先進国に追いつけず、活発な経済活動から取り残された状態に陥っています。競争力を持った先進国がこういった資源の豊富な国へ進出し、資源を確保することで著しい成長を続ける一方で、競争力に劣る発展途上国は、ますます弱体化するという不公正な関係になってしまっているのです。
 豊富な自然資源と伝統を有しながら、市場へ進出する能力が無いがために社会的・経済的に弱い立場へと追いやられ、貧困が進んでしまうということは非常に不健全であると考えています。 このような不公正な関係を是正し、社会的・経済的に取り残された人びとに仕事の機会をつくりだし、公正な対価を支払うことで彼らが自らの力で暮らしを向上させ、自立できるようにするシステムとして「フェアトレード」というものがあります。このフェアトレードは以下のような基準を設けています。
  (「People Tree」 HP「フェアトレード」についてより)


1. 生産者に仕事の機会を提供する
2. 事業の透明性を保つ
3. 生産者の資質の向上を目指す
4. フェアトレードを推進する
5. 生産者に公正な対価を支払う
6. 性別に関わりなく平等な機会を提供する
7. 安全で健康的な労働条件を守る
8. 子どもの権利を守る
9. 環境に配慮する
10.信頼と敬意に基づいた貿易を行う


 このフェアトレードの基準を守り、製品の開発や販売、様々な支援を行うことで、途上国の貧困問題や環境問題の解決にむけて活動している団体のひとつ、「People Tree(ピープル・ツリー)」の代表者サフィア・ミニーは「伝統的な技術、つまり人の手はCO2を排出することのない最もクリーンなエネルギーである」と語っています。
現地の技術を生かしつつ日本の市場に受け入れられるデザインのアイディアを提供したり、品質向上のために技術研修の資金援助をしたり、原料や設備の調達に必要な場合は代金の半額を前払いして、国際貿易に参加できるよう生産者を支えたりと活動は展開され、私たちが消費者としてフェアトレード商品を選ぶ事で機能しています。

 フェアトレードは生産地で豊富に採れる原料や、現地の伝統的な手工芸の技術を活かして行われるため、持続可能な上に環境を害さないといった利点の他に、自分の住む地域での雇用が生まれることで、貧困問題解決の糸口になっているとも言えます。
さらに地域で生産されたものをその地域で消費することで地域を大切にする気持ちが生まれ、絆が強まり、地域の活性化にも繋がるという利点も報告されています。

 人もモノも情報も世界中を駆け巡る現代において、本当の意味でのグローバル化とは先進国が途上国の資源を独善的に握ることではなく、資源と技術はありながらも、市場進出のノウハウが発達していない途上国に対して、そのノウハウを伝え、途上国が自立できる社会にむけて支援していくことではないでしょうか。



                フェアトレード商品

フェアトレードの商品.JPG



左上から、タンザニア産コーヒー
中央上、バングラデシュの手工芸品
   (約3,000人の生産者の経済状況の改善を目的としている)
右上、タイの木材で作られたスプーンやおはし
   (商品開発が重ねられ、日本の家庭で重宝される商品に。フライパンの調理や
    瓶詰めの取出しにも便利)
中央下、左下、「People tree」のチョコレート   
   (「Peple tree」では洋服などもカタログ販売している)


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ファースト・レディの役割
23日からアメリカのニューヨークで国連総会が開かれ、
また24日に開催された国連安全保障理事会では、米国が提出した
「核兵器のない世界」実現への取り組みなどを盛り込んだ安保理決議が
全会一致で採択されました。
唯一の被爆国である日本にとっても、大きな一歩であると受け止めています。

一方で、メディアの反応を見ていると、
政権交代後、初めて国際社会の中で日本の立場を主張するその手腕や
外交を行っていく上での日本のスタンスを検証し、
日本の指針を見極める試みとはまた別に
首相夫人に対する注目の高さがうかがえます。

私は2004年にアメリカでNHK BSのドキュメンタリー番組
『ファースト・レディ―大統領選挙を動かす夫人たち―』の
コーディネーター務めました。
アメリカ大統領を支え、また時に国を動かす影響力も持っている
ファースト・レディは、実は隠されたパワーを持つ存在と言えます。

オバマ大統領の夫人、ミッシェル氏は世界的な注目を集め、
彼女のファッションをまとめた写真集も出版されたほどです。
それだけ、国民のみならず国際社会からも注視される対象であると言えます。
確かに、洋服のセンスや、ホワイトハウスのインテリアも
ファースト・レディたる能力を問うひとつの要素ではあります。

しかし、本来の役割はまた別のところにあると私は考えています。

多くの尊敬をいまなお集めているファースト・レディ、
エレノア・ルーズベルトは女性の社会進出を大きく助けました。
まだ男性中心であったメディアの世界に、女性が加わることができるよう
自分へのインタビューは女性の記者を派遣することを通達したのです。
ファースト・レディのインタビューを必要とするメディア各社は
女性記者を採用せざるを得ませんでした。
本質的に人々の意識を変えたり、新たな行動を求めたファースト・レディの歴史は
意義深いものがあると思っています。

「内助の功」という言葉がありますが、
世界からも注目を集めるファースト・レディは、
もっと積極的な意義と役割を担っているのかもしれません。

世界がそれぞれ秩序を保ちながら、真に平和であるために、
日本のファースト・レディとして、そして日本を代表する女性として、
行動して頂きたいと思っています。

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長崎の被爆から64年
長崎に原爆が投下されてから64年が経過しました。
世界で唯一の被爆国、日本。
核兵器の悲劇を知る国民として、
後世に伝える責任を、私たちは負っていると思います。

オバマ大統領が「核兵器のない世界」についてプラハで演説を行いましたが、
日本には核廃絶へ向けて国際社会で積極的に発言していく責任があります。

高校時代の修学旅行先は広島、長崎でした。
原爆資料館を見学したときの衝撃は未だに鮮明な記憶として残っています。
講演で、被爆者の方の実体験のお話を伺い、
戦後何十年も経っても消えることない心の傷と、体の傷を抱え
それでも私たちへ語り継いで下さる姿に
何よりも戦争の悲惨さを痛感しました。

私の祖父は、シベリアに抑留されました。
寒いシベリアの地で何とか耐え、そしてやっと日本に戻ってきましたが
そのあと大病を患い、母が高校生のときに亡くなりました。
ですから私は祖父の顔は、白黒写真の中でしか知りません。
今、祖父が生きていたら、どんな言葉を掛けてくれるのだろう…
と想像するときがあります。
戦争は私のようなひとつの家族にも、確実に傷痕を残していきます。

私の祖母は、満州にいましたが、引き揚げる際、
夫の母親と、息子二人、娘一人を失いました。
それぞれの髪の毛と爪だけをを懐に入れ、
祖母は泣く泣く一人で日本へ戻ってきました。
「自分だけが生き残ってしまった」という贖罪感があるのでしょう。
祖母は、先祖が眠るお墓には入れない、と言っています。
孫である私が国のために働くことが、先祖への罪滅ぼしになる、
とも祖母は言っています。

甘えられるはずの、兄、姉と出会えず、戦後に産まれた母は
いつか祖母の代わりに、亡くなった姉や兄の眠る地を訪れて供養するため
独学で中国語の勉強を始めました。

それぞれの家族に、それぞれの傷があります。
国のひとつの行動が、国民の人生を、そしてその子ども、孫の人生にも
影を落とすことになるのだということをしっかりと自覚し、
政治の道を志していきます。

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『政治は「歌」になる』出版記念のサイン会
本日、『政治は「歌」になる』の出版を記念し、
ミニトーク会とサイン会を行いました。
「サイン会」と聞いて少し気恥ずかしい思いがしていたのですが、
多くの方が本を購入して下さり、
(7月28日にはamazonの外交・国際関係でランキングの1位になりました!)
本に対する思いをぜひ聞かせて欲しい、というお声も頂いておりましたので
心を込めてサインもさせて頂きました。

サイン会.jpg 心を込めてサインさせて頂きました.jpg


学問の分野から政治を捉え、真正面から研究をした集大成です。
この本に書かせて頂いたことは、私自身の思いでもあります。
私の考えをぜひ多くの方に知って頂きたいと思っています。

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『政治は「歌」になる』が出版されました
2004年7月27日。
私は、バラク・オバマが上院議員の候補者として基調演説を行った民主党大会を、NHKワシントン支局で、スタッフのひとりとして見ていました。
彼が、あのとき、あの場所で、あのスピーチをしたことで、すべてが始まったのです。
「時代は変わる」、そう思いました。

さかのぼること3年。
2001年1月20日、私は中継班スタッフとして、Voice of America(国営短波ラジオ放送)のルーフトップで、新任の第43代ジョージ・ブッシュ大統領が演説する姿を見ていました。
民主党候補のアル・ゴアとの決戦が最後までもつれ込んでの辛勝でしたが、ワシントンはやはり興奮のるつぼの中にありました。
人びとは、大統領就任演説に、子どもを連れ、孫を連れて集まっていました。
「アメリカの歴史に参加している」「歴史的瞬間に立ち会っている」という意識がそこにはあるのです。

しかし、こんなこともありました。
大統領就任式の夜、ワシントンでは祝賀パーティーが至るところで行われるのが通例で、ワシントンのホテルはパーティー一色になります。
私も、ジョージワシントン大学が開催しているパーティーに顔を出しました。
まさにその途中で、通りすがりの男性から、「ちぇっ、パーティーに行くのか」と唾を吐かれたのです。

民主党のゴア候補との得票差が伯仲し、集計作業をめぐってゴア陣営から裁判に訴えるという異例の事態となり、不明朗な当選という印象が強かったことで、新しい大統領の就任で、あたかも国が分裂したような雰囲気になっていたのです。
その後のブッシュ政権とアフガニスタンとイラクでの戦争を考えると、いま思えばなにかを暗示しているような出来事でした。

そして2008年。
「オバマ旋風」は、まったく逆の現象を生みました。
「国民がひとつになろう」
「新しい政治をつくろう」
という意識がアメリカ国民にみなぎっていたのです。
ブッシュの就任からオバマの出現。
対照的なふたりの大統領候補と、そのリーダーシップ。
大統領制度という仕組みを越えて、私たち日本人が政治を読み解くカギは何なのか。

博士論文として発表した『レトリカル・リーダーシップとアメリカ大統領―政治的コミュニケーションとその制度化―』を、書籍用に書き下ろし、『政治は「歌」になる』を出版致しました。

政治は「歌」になる.jpg


かねてから研究してきた内容を、書籍という形にし、広くお伝えしたいと思っていた折、自らが政治の道を志すこととなりました。
政治を研究する分野から、実践する分野に身を置くこととなりましたが、これまで研究してきたことに基づいた自分自身の考えを、今こそきちんとお伝えすべきだと思い、出版の運びとなりました。
このタイミングで発表することができたのも、多くの方のお支えのおかげです。

政治は言葉であり、その言葉が人々の心に響いたとき、政治は「歌」となります。
ひとりで歌うのではなく、みんなで。
みんなで共に未来を描く歌を歌いたい。
そう思っています。
ぜひ多くの方に『政治は「歌」になる』を読んで頂き、感想などをお聞かせ頂ければ幸いです。

カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題 文化

“Uniter”(統合者)としてのアメリカ大統領
主要国首脳会議(ラクイラ・サミット)が8日から、イタリア中部のラクイラで開幕されています。

日本時間の9日朝には、G8首脳による討議を行い、核兵器のない世界を目指す「不拡散に関する首脳声明」が発表されました。また、オバマ大統領が来年の3月上旬に核兵器の拡散阻止策を討議する「核安全保障サミット」をワシントンで開く考えを明らかにしたことが報じられました。
G8では各国がそれぞれの思惑を持ってテーブルにつくわけですが、やはりアメリカ大統領の発言や行動には大きな注目が集まります。

「なぜかれんさんはアメリカ政治を勉強したの?」という質問を受けることがありますが、その理由の一つはまさに、「統合者」としてアメリカのリーダーシップや役割の大きさを感じているからです。
アメリカが世界において与える影響の大きさだけでなく、民主主義の機能を考える上でも、多様な価値観が存在するアメリカ社会を分析することは意義があることだと考えています。
 
フランスの政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルは1830年代初頭にアメリカを訪れ、大衆による民主主義を観察しました。
トクヴィルは「境遇の平等が保証されており、それがアメリカ社会に一定の方向性を与え、法律にある傾向を付与する。為政者のこのような態度は、はるかに広範な影響を及ぼし、市民社会を動かす力をもつ。これこそがアメリカのデモクラシーの根幹であり、市民社会を動かし、世論を作っている」と論じました。
この、トクヴィルが描写したアメリカ社会の姿は、今日のアメリカの自発的な政治的運動や、市民運動、民主運動につながっていると見ることができます。

オバマ大統領の誕生は、国家が9.11テロ後の外交政策によって、ある意味、分断していたアメリカ国民を「CHANGE.Yes, We Can!」という言葉で統合した“Uniter”の登場であると考えられます。
その“Uniter”(統合者)の象徴のように捉えられるオバマ大統領が、G8という国際社会のテーブルでどのような役割を果たしていくのか、見守りたいと思っています。

カテゴリ:かれんより リーダーシップ・国家ビジョン 外交・国際関係・拉致問題

カンボジアへ支援の輪を広げよう
不思議な縁が繋がって、カンボジアの子どもたちを救おうと、日本の大人たちがかれん’sルームから声をあげました!

教育に関しては漆原隆一先生よりスライドショーを交えて、カンボジアの子どもたちの現状についてお話頂きました。
漆原先生は私の中学一年生の担任の先生で、現在は奥様と一緒にカンボジアへ移住し、「友人のひとり」として子どもたちに日本語を教えたり、奨学金制度を立ち上げたり、幅広く活動されています。

スライドショーの様子.jpg


中でも非常に興味深かったのは、教育の立ち遅れは、長い内戦の中で、リーダーとなりそうな人から虐殺されたことが深く影響しているというお話でした。
ポルポト派による支配下で、知識階級から殺されていったのだそうです。つまり、教育者たちが虐殺されたことで、30年経った今でも、教育体制が整っておらず、リーダーと成り得る人材も育っていない現状なのです。
リーダーの不在は、国にとっての危機と直結しているのだと再認識しました。

この話し合いには、サーファーチーム、医療チーム、歯科チーム、医薬品チーム、教育チームの方々が参加し、活発な意見交換が行われました。
まだまだ模索中ですが、みんなの気持ちを盛り上げながらできる運動、そして、現地で喜ばれることは何か、いろいろな側面から考え、それぞれの分野で大きなムーブメントを起こしていければと思っています。

エコキャップをお渡し.jpg


※NPO法人全国障害者福祉援護協会の理事長がいらしたので、エコキャップの進呈式も行いました。

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看護・介護福祉士の問題(続)
先日、外国人の介護・看護福祉士の受け入れについての私の考えを活動レポートにアップ致しました。
そのレポートを読んでくださった、実際に介護付きの老人ホームを経営されている方から、「現場の実情を説明したい」とのご連絡を頂戴し、早速お話を伺いに参りました。

まず、看護師や介護士の人員不足は、現場でも逼迫した状況にあること。
そして、複雑に絡み合った問題であり、短絡的な分析や解決策ではなく、根本から見直すべき問題であるというご指摘を受けました。

社会全体の流れからみてみると、昔は家父長制の枠組みの中で、長男が親からの財産をもらい、代わりに親の面倒をみる、という流れがあったが、時代の変化と共に、家族の在り方も多様化し、最終的には「施設に行きましょう」という流れが出来上がっている、というお話がありました。
良し悪しの問題ではなく、長寿社会という原因のほかにも、このような家族観の変化が根底にある、というものも認識すべきだと感じました。

そして、施設への入居希望者が増えれば、必然的に看護師・介護士の人手も必要になってくるわけですが、社会問題にもなっている通り、慢性的な人員不足に悩まされています。
人手不足ということは、逆に「売り手市場」と言い換えることも可能で、トラブルが起きるとすぐに辞めて他の施設などに転職してしまうケースも少なくないのだというお話でした。

また、派遣切りに遭い、介護士などの免許取得を目指す人たちの姿も報じられていますが、実際は、これまでの業務内容と違う部分も多いため、仕事内容そのものになかなか馴染めない、ということが起きているのだそうです。

外国からの看護・介護福祉士候補生の受け入れについても、やはり「労働力」として受け入れるのか、「国際貢献」としてなのか曖昧なまま、人だけを受け入れ、日本人と同等のノルマを課すことが、「人手の確保」という観点から果たして最善の方法なのか、お話を伺いながら考えていました。

単なる労働力と捉えるのか、国際交流の中のひとつの事業なのか、ひいては彼女たちを移民として受け入れることも検討するのか、その議論がすっぽり抜けたままでは、彼女たちの「今後」を考える上でも、恒常的な人員不足の解決策としても、非常に問題があります。

例えば、日系ブラジル人の問題などもリンクしていると私は考えているのですが、1989年に日本の出入国管理法が改正され、3世までの日系ブラジル人とその家族が出稼ぎのような形で日本にやってきました。
3年のビザが比較的すぐに取得でき、日本政府は労働力不足を補うために彼らを受け入れたのだろう、と考えられています。
しかし実際には、受け入れ態勢が整っていなかったため、教育問題や在住問題など次々にそのほころびが露呈されてきています。
不況によって工場が倒産し、派遣切りにあった日系ブラジル人も大勢います。言葉の壁もあり日本社会に馴染めずに犯罪を犯してしまうケースもあります。
日本政府は彼らを受け入れる際、どこまでの想定をして、どこまでの計画を立て、何年先まで見据えていたのでしょうか。

今回の外国からの介護・看護師の受け入れについても、この曖昧さを保留にしたまま、事業として続けていけば、問題点が増幅していくような気がします。
現場の方々からのご意見を伺いながら、国の取るべき方向性を考えていきたいと思っています。

カテゴリ:かれんより 医療・福祉・年金 外交・国際関係・拉致問題

サーフ アンド ピース
昨日は憧れのレジェンド、ゴッデスの鈴木正さんにお目にかかるために茅ヶ崎に行って参りました。ユーミンやサザンの歌にも登場しているゴッデス。息子さんの鈴木剛さんはサーフィンの全日本チャンピオンとして世界の大会でも活躍されています。海を愛する一人として、私もサーファーの皆さんの社会活動に参加するべく、お話をさせて頂きました。

鈴木 正さんと.jpg


NPO法人レジェンドサーファーズ・クラブには、サーフシーンを牽引してきた世界中のレジェンドと呼ばれるサーファー達が「社会貢献活動」を目的として結集し、様々な活動を行っています。
昨年はミャンマーのサイクロン被災者らのためにステッカーの販売収益などを支援団体に寄付しました。
現在は、タイやカンボジアなどで裸足で過ごす子どもたちに、足の怪我などを防ぐためにビーチサンダルを送りたい、という企画が出ています。母校である横浜雙葉高校の恩師がカンボジアに住んでいることもあり、私もこのプロジェクトに参加させて頂く予定です。たくさんの方たちとの出会いの中でネットワークをつなげていくことは、私の大切な仕事だと思っています。

レジェンドサーファーズ・クラブのスローガンは「サーフ アンド ピース」

サーフ アンド ピース ステッカー.jpg


世界のどこかで争いが起こっていたとしても波の上は平和。波を求めて集まるサーファーに人種や国籍、宗教は関係ない。サーフィンは一人でやるものだけれど、サーファーが集まれば大きなうねりをおこすことができる。その言葉に強い感銘を覚えました。
サーフィンをやっていない人でも“平和のうねりをおこす”行動には参加できます。
私はこの17区から真の政治のうねりを巻き起こしたい。
方向性が見えず、不安が消えない今の政治を何とかしたいという気持ちを、日々の活動にぶつけていきたいと思います。

カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題

人間の安全保障
安全保障”と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか。
一般的に安全保障とは、国家や集団にとっての生存や財産などの価値を、国外からの攻撃や侵略から守り、その言葉通り、“安全”を“保障”することだと捉えられています。
同時に、国外からの脅威や攻撃から防衛するという意味において、軍事や外交の枠組みで語られることが多い概念といえます。

人間の安全保障”という言葉ではどうでしょうか。
人間の安全保障という言葉は1994年に国連開発計画(UNDP)が『人間開発報告』で初めて打ち出した概念だと言われています。その当時は、発展途上国における条件の改善のために使われていられましたが、今では先進国も含めた人権問題への待遇などにも一般化された概念として捉えられています。
2001年6月には、緒方貞子・前国連難民高等弁務官とアマルティア・セン・トリニティーカレッジ学長(1998年ノーベル経済学賞受賞者)を共同議長とし、「人間の安全保障員会(CHS)」が設立されました。

CHSによると、
「人間の安全保障とは、単に紛争がない状態を指すものではありません。そこには人権、よいガバナンス、経済的機会や教育、保健医療へのアクセスも内包されています。人間の安全保障とは、「恐怖からの自由」と「貧困からの自由」に包括的に取り組む理念なのです。」

と書かれています。人が人として尊厳を持ち、安全に生きることのできる保障、と言い換えることも可能かもしれません。

国家がその国土と国民を守るという伝統的な「国家の安全保障」という考え方のみでは、複雑化し、深刻化した現代社会の問題の対応が難しくなっています。いち国家の問題としての枠組みを超え、グローバル、かつ高速にあらゆるものが移動できるようになり、武器や薬物、感染症なども拡散。
そんな中、「国家」という限定した視点ではなく、「人間」の視点で、問題の関係性を捉え、包括的に対処する必要が生じているように思います。

世界中で13億人が1日1ドル以下で生活している現在。
「貧困」と言われている人たちを救済するためにNPOなどの民間協力団体、国家、そして相互のグローバルな連携が必要なのは言うまでもありません。
更には一個人も世界の危機に目を向け、「人間」の視点から安全保証を守る輪に加わるアクションが求められています。

カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題

北貨物船、大量破壊兵器を積んだ疑い
6月13日から国連安全保障理事会で公式会合が開かれ、北朝鮮に出入りする貨物への検査や対北融資・援助の禁止を含む金融制裁などを柱とする追加制裁決議案が全会一致で採択されました。

そんな中、19日にアメリカCNNによって、大量破壊兵器を積んだ疑いがある北朝鮮貨物船「カン・ナム号」を米海軍のイージス艦が、追跡しているという報道がされました。
カン・ナム号は過去にも大量破壊兵器を運んだことがあると言われており、現在イージス艦「ジョン・S・マケイン」が追跡し、海軍のP3C哨戒機も上空から監視しているとのこと。カン・ナムが給油のため入港しなければいけなくなるまで追跡し、入港した国の政府に貨物検査実施の協力を求めることも想定されています。

北朝鮮による脅威を一番に受けるのは日本だと考えられています。
拉致問題の解決に向けて調査も進展も示さず、核開発を進め、人民の生活を困窮させる現体制を認めるわけにはいきません。
国際協力を得ながら、速やかに貨物検査が行われることを期待しています。

先日の党首討論で鳩山代表から「北朝鮮には少なくとも、慎重に行動してもらわなければならない」という発言がありましたが、「慎重に行動」ではなく、まずは日本人の拉致被害者、その他の国から拉致した人たちを母国へ返し、核開発を取りやめること。それが北朝鮮に求められている「行動」だと思います。

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世界標準へ敗戦続き
2009年6月9日の読売新聞の一面には「世界標準」敗戦続きというショッキングな見出しが出ていました。

日本の技術や匠の技、企業経営のあり方は、日本が誇るべきものです。
日本のインフラ設備の技術は、世界からそのノウハウを求められるまでになり、この17区でも箱根寄木細工や小田原漆器をはじめとする緻密な伝統工芸は世界からも評価が高いのは言うまでもありません。
日本の企業経営は、ものづくりだけでなく“ひとづくり”を実践し、商品だけでなく芯のある企業人を育ててきました。

それなのにもかかわらず「世界基準で負け続けている」ということはどういう意味なのでしょうか。
「良い技術なら使ってもらえると思っているうち、取り残された」
とは、1990年代に携帯電話の世界基準争いの敗北を経験したある総務省幹部の言葉。
日本は技術力があるのにもかかわらず、世界規格の規格外になる、または規格外にされてしまう、という現象が起きています。

その最たる例が、携帯電話。
データ通信も、カメラもテレビもついているのに、世界市場での占有率はわずか4%
世界最高である日本の技術が国内でしか通用しないという現象に、絶海の孤島で特異の進化を遂げたという意味にちなんで「ガラパゴス化」という名称がつけられています。
日本が発達させてきた技術が、世界規格となった欧州との互換性がないことがわかり、日本の技術は「ガラパゴス化」したのです。

これは、日本の携帯電話が世界の産業界のレースに参加できない、ということと直結します。
現在は、国際機関に積極的に人員を派遣し、規格作りに加わっているとのことです。
しかし、常に日本は規格(標準)作りで、アメリカや欧州から主導権を奪われる、という状況にあります。

標準をどこかが決めて、日本はそれに従って商品を作る、という時代ではなくなっています。
よいものさえ作っていれば、世界から求められる、という時代でもなくなっています。
自ら世界標準のルール作りに参加しなければ、日本は立ち遅れてしまいます。
それはオリンピックのスキージャンプや柔道のルール改変を見ても歴然としています。

これは経営者の責任だけでは済まされない問題です。
政治の責任も非常に大きい。
国際社会に出て、少なくとも交渉の際に共通語となる英語で対等に発言できる政治家がどれだけいるでしょうか。
私がお話させて頂いているグローバルとローカルは繋がっている、という理由もそこにあります。

地域の経済や技術がこれからも世界の市場で評価され続ける為に、世界において規格外と宣告されている状況を脱しなければなりません。
国際社会に日本の代表として赴く政治家は、きちんと日本の立場を主張すること。
そして、世界のルールを決める場に日本人を派遣し、アメリカや欧州に働きかけていくことが重要です。

これからは、モノ作りだけでなく、ルール作りを。
それを世界の場で発言できる政治家が必要です。

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スタッフ日記(25)−Stop CL− 
今日(6月12日)は、児童労働反対世界デーです。

ILO(国際労働機関)駐日事務所が主催する『Give girls a chance: End Child labour 少女たちにチャンスを:児童労働を終わらせよう』というセミナーに参加してきました。

児童労働反対世界デー.jpg セミナーの様子.jpg


児童労働とひとことで言っても、親の家業を手伝うことも児童労働となるのか、その定義の仕方は多様です。
ILOによる、児童労働という言葉の定義では、家や田畑での手伝い、小遣い稼ぎのアルバイトなどは含まれず、強制労働や、生活や借金のために働いたり、教育の機会を奪ってしまうような、子どもたちの健全な成長を妨げる労働をさすのだそうです。

とくに「最悪の形態の児童労働」として、人身売買、子ども買春やポルノ、債務労働があげられます。
阪本順治監督の映画『闇の子供たち』には、タイにおける人身売買、児童買春の実態が描かれていますが、日本からの旅行者と無縁ではないことはいうまでもありません。
さらに、インターネットの普及で児童ポルノが氾濫し、児童への性的虐待などが誘発されてきているとされていますが、日本では児童ポルノ画像の所持そのものに対する処罰規定がなく、日本がその発信地となってしまっているという大変残念な状況になっています。

自民党では、18歳未満の男女を写したポルノ画像などを個人で収集する「単純所持」への罰則規定を設ける方針です。
世界の児童労働の問題は日本の政治だけで解決できる問題ではないのかもしれません。しかし国際機関、産業界、NGOとも連携して、日本でも、世界でも、「子どもが笑顔でいられる社会」が実現できると信じ、かれんさんにこの願いを託しています。

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温室効果ガス 中期目標 15%減
昨日、麻生首相が2020年までの日本の温室効果ガス排出削減の中期目標を
2005年比15%削減」とする方針を決定しました。

この中期目標を巡って、財界内部によるさまざまな思惑による綱引きが行われたことは、皆さんもご存知だろうと思います。
日本経団連は05年比4%削減を支持。
日本商工会議所からは6〜12%削減とする意見書が公表されました。
また経済同好会は14%削減が妥当だと主張しました。

日本の経済発展と温室効果ガスを切り離して考えることは難しく、厳しい削減計画を立てれば、企業の収益の悪化や、海外からの企業誘致の足かせになるという意見が出ています。

同時に、前にも活動レポートでも書きましたが、特に発展途上国における温暖化の問題は生命の危機と直結しており、日本に国際社会の中での先進国として役割を果たさなければならないのも、また事実です。

そんな中で、日本が「15%削減」という目標をいち早く発表したことについて、私は一定の評価ができると考えています。
途上国や環境保護団体から、批判も出てきています。
しかし、EUは13%減、アメリカは14%減になる見通しで、日本がそれに上積みした数値を出したことは、それだけの覚悟を表明する、という点で、意味があると考えます。

「できそうなこと」の範疇の中で、妥当なラインを探るのではなく、あくまでも「温暖化を抑えるための水準」と、「国際社会の中での日本の役割」という観点から、数字は計算されるべきです。

今後政府の課題は、国内に対して、その「水準(どんな状態であるべきか)」を、もっと国民にわかるように提示しなければならないと思います。
“ここまで削減”という「数値」より、“どの状態、水準に戻すのか”という「イメージ」を共有することのほうが大切です。

そして、国際社会に対しては、日本だけでなく主要排出国がすべて参加するよう、リーダーシップと交渉力を発揮しなければなりません。
日本だけが大きな負担を強いられることによって、国内の企業からの不満が勃発し、日本内部からの協力も得られなくなるという顛末は避けるべきです。

私たちは、この中期目標に向けてライフスタイルの見直しを突きつけられることになります。大量消費の社会から、環境に配慮した持続可能な社会のあり方を目指す。そして日本がそのモデルとなっていく。
できるだけ多くの人が、立場や方法が異なっていても、似たようなイメージを持って目標に向かうことが大切なのだと思っています。

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戦争と家族
先日、若い女性の方から「かれんさんお勧めの映画は何ですか?」という質問を受けました。
好きな映画はいろいろあるのですが、中でも『さよなら。いつかわかること』("Grace is Gone")は、多くの方に観て頂きたい映画です。
この映画は、イラクに出兵した妻と、家で妻の帰りを待つ夫とその子どもたちを中心に展開していくお話です。

ある日、アメリカ兵としてイラクに出兵した妻が戦死したと、夫・スタンレーの元に訃報が届きます。12歳のハイディと8歳のドーンに、その事実を伝えなければならなくなっスタンレー。
娘たちとのコミュニケーションが上手く取れないスタンレーは、なかなか切り出せず…
愛する家族を失った悲しみを、どうやって乗り越えていくのか、その姿が丁寧に描かれています。

イラク戦争を題材にした映画は、いくつかありますが「イラク出兵する妻(母親が兵士)」という切り口は、新しいものの様に聞こえます。
しかし実際には、兵士が妻(母)は存在しているのです。
HPのイントロダクションでも

『アメリカ現役兵士の14.3%女性、そのうち40%には子どもがいると言われ(アメリカ両院経済合同委員会報告書による)、イラク戦争におけるアメリカ軍戦死者3879名中、女性の戦死者は93名(全体の2.4%)ともいわれています(アメリカ国防省データによる)。』
と書かれています。

兵士の無事の帰国を待ちながら、時に死を受け入れなければならない家族たちの悲しみと葛藤がアメリカ社会には現実のものとして存在しています。

9.11テロの傷を抱えるアメリカ国民にとって、「戦場での惨事」より「家族の絆」というテーマに焦点が当てられていたことが、映画に、よりリアリティを持たせ、感動を呼んだのだと思います。
2007年のサンダンス映画祭で観客賞と脚本賞を受賞したのも頷けます。

オバマ大統領はテロリストの収容施設であったキューバ・グアンタナモ米海軍基地の閉鎖に向けて、前政権からの方針転換を打ち出しています。
9.11から続く対テロ戦争にどう決着をつけていくのか、私たちは見守る必要があります。
政治リーダーの判断はかけがえのない一つ一つの家庭の運命を左右するからこそ、熟考の上に決断しなければならない、とこの映画は教えてくれているように思います。

カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題

スタッフ日記(23)−オックスファム・トレイルウォーカー−
先日、オックスファム・トレイルウォーカーへボランティアスタッフとしてお手伝いに行ってきました。

トレイルウォーカーとは4人1組のチームで参加する世界的に行われているウォーキング・イベントです。自分の体力に挑戦すると同時に、参加をきっかけに寄付金を集めて国際協力に貢献するというもうひとつの挑戦が用意された企画で、これまでにオーストラリア、ニュージーランド、イギリス、香港で開催され、日本でも2007年5月に第一回目のイベントが開催されました。
第二回目となる2008年には、200チーム、793名が参加し、70,497,250円もの寄付金が集まったそうです。

今回の参加チームは171チーム、コースは小田原から山中湖までの100km。コース中8ヶ所設けられているチェックポイントのうち、私たちはチェックポイント2(箱根芦之湯フラワーセンター)でタイム計測の補助や飲み物・軽食配布のお手伝いをしました。

チェックポイント2.jpg


当日は雨が心配されましたが小田原市内は快晴。箱根登山バスに乗り、遠足気分で会場に向かったのですが・・・芦之湯は曇り空のうえ、風が冷たい!歩いている参加者の方も寒かったようで、温かいカップスープが大人気でした。

タイム計測.jpg エネルギー補給.jpg


様々な国籍の方が参加し、ボランティアスタッフも地元の方だけでなく、埼玉や東京など遠くからもいらっしゃっていました。
記録を狙うチーム、とにかく完歩を目指すチームいろいろですが、それでも4人が100kmを48時間以内に完歩するということは並大抵のことではないと思います。みなさん何ヶ月も前からトレーニングをし、また様々な方法で寄付を募って準備を進めていたそうです。
参加者は1チーム4人ですが、趣旨に賛同して寄付をしてくださる人達、当日応援に来た人達、ボランティアスタッフなど、本当に沢山の方が係わっているのだな、と思いました。
人がひとりでできる事は限られているかもしれませんが、大きなパワーを生み出すのは一人ひとりの力なのだと実感しました。だからこそ、自分ができる事をひとつずつ、できれば楽しみながらやっていく事が大事なのだと思います。

当日数時間お手伝いさせていただいただけでも、色々な方と触れ合うことができ楽しかったです。来年はチームかれんで参加!?と思うのですが、それには相当の準備が必要・・・でも体力には自信のあるチームかれんです!

sachiko

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早稲田大学集中講義
私は現在も、早稲田大学公共政策研究所客員講師として、教壇に立つ機会を頂いています。
政治は実践であると同時に、若い世代に対して政治の重要性を伝えることも、役割のひとつだと考えておりますので、講義の時間を持てることは大変有難いことです。

5月25日〜27日に開講された公共経営研究科(大学院)の集中講義
『映像ドキュメンタリーと国際政治ーそこに見る米大統領政治の素顔』に講師として参加しました。
日米政治を研究し、各界でご活躍されている、ジェラルド・カーティス先生、手嶋龍一先生、山口ステファン先生と共に、私も講義を担当させて頂きました。

牧島かれん講義.jpg ジェラルド・カーティス先生と.jpg


オバマ政権の特徴や国家の意思決定のあり方など、ディスカッションをしながら授業は進められました。

オバマ大統領のイメージは?というカーティス先生からの問いかけに対して
受講生からは
クリーン説得力カリスマ性などのキーワードが出されました。
大統領に必要な資質を備えた史上稀に見る政治家として注目されていることが分かりました。
オバマは政治においても経済においても新しい世界秩序を築いていくと期待されています。

私は、ワシントンの現場で取材、研究を行った2000年、2004年のアメリカ大統領選を題材にお話をさせて頂きました。

オバマ大統領は、「一つのアメリカ」を国民に訴えてきましたが
“Uniter(統合者)”として役割は歴史的にもアメリカ大統領に課せられた使命です。

活発な意見交換によってアメリカの大統領制度の特徴や大統領が誕生する背景について検証する講座になったと感じています。
リーダーシップのスタイルはさまざまですが、国民と向き合い説得する政治の重要性には日米の差はないのだと改めて実感しました。

カテゴリ:かれんより 外交・国際関係・拉致問題 リーダーシップ・国家ビジョン

外国人看護・介護福祉士受け入れについて
日本では経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシアとフィリピンから看護・介護福祉士の受け入れを行っています。

海外からの受け入れ条件として、看護師の場合で3年以上の実務経験などの要件が定められており、介護福祉士の場合は、「大学卒業」だけで認められる場合もあります。
昨年の夏には、初めてインドネシアから看護・介護福祉士候補者208名が来日。
今年5月10日には、フィリピンから270人(看護師候補者92人と介護福祉士候補者188人の計280人のうち)が到着しました。

今回の受け入れ人数は計画よりかなり下回ったと報じられています。
日本での資格取得が難しく受け入れ施設も少ないのが現状。
加えて、不況の影響で日本人の失業者を医療、介護分野で受け入れるための施策が始まっています。厚生労働省は、今回の派遣切り対策に合わせ、介護現場で働いたことがない人にヘルパー2級の資格取得費用を拡充し、さらに無資格者を雇った事業所への補助も打ち出しています。これまで慢性的に人手不足に悩まされていた介護の現場に日本人が戻ってきたことも影響しているのでしょう。外国からの候補者を受け入れる余裕がないという心情が見えてきます。

しかし、高齢化社会において、今後10年40万人〜60万人の介護や介護の職員が新たに必要になると考えられており、外国からの受け入れについて、真剣に議論しなければならない時が来ていると感じています。

まずは、看護と介護の受け入れを、もう少し区別して考える必要があると、私は考えています。
政府は、看護と介護をなんとなく一緒に混ぜて考えているような気がしてなりません。
それぞれ、どのような規模で、いつ、どうやって受け入れていくのか。
それは、単なる労働力として受け入れるのか、それとも国際交流、経済交流の一環としての位置づけなのか、はっきりしないまま受け入れが始まっているような気がしています。

看護・介護いずれも日本語能力と専門知識が問われますが、看護と介護の現場で必要とされている人材はそれぞれ異なり、適性にも差があるように感じています。

看護にしろ、介護にしろ高いリスクが伴うのは同じですが、医療機器や薬品の取扱いが必須となる看護の現場では、外国からの看護師の受け入れは慎重にならざるを得ないと思っています。
まずは、日本人の看護師の離職率を抑制できるよう、環境を整えることが先決なのではないでしょうか。
看護師の資格は持っているが、職場を離れてしまった看護師たちに再び活躍してもらえるシステムを作ることが大切です。
日本人の離職率の対策を講じ、その中で、外国からの受け入れが必要ならば考えるべきだと思っています。

介護福祉士も、同様に大きな責任が伴う仕事ですが、フィリピンやインドネシアからの候補生からホスピタリティを学ぶ面もあるように思います。
それでも施設側が二の足を踏んでしまうのは、言語の問題。介護福祉士の資格は日本人でも合格率は50%前後と難しく、高い日本語の習得が彼女たちへの壁となっています。

金銭的負担の問題もあります。来日後、半年間の日本語研修費は日本政府が支給しますが、その後の研修費用と賃金は受け入れ施設の負担です。
施設は一人当たり約60万円を出して外国からの候補生を受け入れることになります。
それだけの先行投資をして受け入れても、試験に合格しなければ帰国してしまいます。経済的な面から施設側も積極的に受け入れられないのだそうです。

看護、介護の現場の声を聞きながら、それぞれの現状に適した、現実味のある方針を打ち出すべきだと思っています。

カテゴリ:かれんより 医療・福祉・年金 外交・国際関係・拉致問題

スタッフ日記(22)―東京アメリカンセンター―
チームかれん chi-koは、めずらしく食べ物以外の話題で活動日記を書くことになりました。

5月22日に東京アメリカンセンターで行われたプログラム『児童の性的搾取への取り組みと課題』という講演・討論会に出席したのです。『子どもたちの安全と幸せ』は牧島かれんの政治活動にとって大切なキーワードです。牧島かれん宛てにアメリカン・センターから招待状が届いたのですが、本人の出席が叶わず、代わりに私が聴講してきました。皆様にこのプログラムについてご報告いたします。

東京アメリカンセンターでは、政治、経済、文化など各分野を代表する方々を招いて、日米、そして世界が取り組むべき問題について幅広く意見交換できる催しを数多く開催しています。

今回のテーマは『児童の性的搾取への取り組みと課題』。少し重い話題ですが、私たち大人が真っ先に取り組まなくてはならない大きな問題のひとつだと思います。
基調講演をされたのは、元領事担当国務次官補で現在国際行方不明児および被搾取児童センター シニア・ポリシー・ディレクター モーラ・ハーティ女史です。

彼女が紹介したトーマス・シーファー元駐日米国大使の朝日新聞への寄稿によると、主要8カ国(G8)のうち、児童ポルノの単純所持を処罰する法律がないのは日本とロシアだけとのこと。

その後、東京工業大学の森田明彦教授が『子どもポルノの単純所持をめぐる日本の課題』について、講演をされました。日本で児童ポルノの単純所持を刑罰化するためには法律上の定義化、捜査手段の正当化などクリアされるべき問題が複数あるとの現実が語られました。

講演後の質疑応答は、ネット中継で台湾の聴講者たちも参加し、メディアや国会議員、アメリカ法務省の担当者も加わり、幅広く活発に行われました。この問題は国境や団体、政党を越えて世界中が協力し、解決すべき問題です。より多くの人々に知ってもらい、行動にうつしてもらうことが大切なのです。

モーラ女史は最後にこう付け加えました「この問題はグローバルな問題だからこそ、ローカルから始めなくてはならない」。
見聞きしただけでは不十分です。自分の周りから具体的な行動を起こさなくてはならないのです。私は帰って早速、かれんさんに講演について報告をしました。かれんさんも児童買春や児童ポルノについては迅速に対応すべきであると強く考えているとのこと。社会の「宝」である子どもたちに当たり前の安全と幸せを提供するためには、抜け道のない規制を設ける必要があるという点で一致しました。

私個人にできる「具体的な行動」を真剣に模索しています。


東京アメリカンセンター

アメリカ大使館
『児童ポルノ - 日本は単純所持禁止を』


外務省HP
『児童の売買、児童買春及び児童ポルノに関する児童の権利に関する条約の選択議定書』

カテゴリ:スタッフ日記 外交・国際関係・拉致問題

手嶋龍一先生をお招きして 文化フォーラムin小田原 
本日、文化フォーラムin小田原と題して、元NHKワシントン支局長であり、外交ジャーナリスト、作家という多方面で活動されている手嶋龍一先生をお招きし、講演会を行いました。
400人以上の方々がお集まり下さり、大盛況のフォーラムとなりました。
ご来場くださった方々、またお手伝いくださったスタッフの方々、ありがとうございました。

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「新しい時代へ〜政治と経済の転換点を探る〜」というテーマに沿って、アメリカでオバマ大統領が誕生するまでの政治的背景や、具体的なスピーチ内容についてお話頂きました。
政治家は、人々との痛みを分かち合い、声を聞き、そして自らの言葉によって未来を切り拓いていかなければならない。「共感する政治」の大切さを改めて感じました。

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手嶋先生は次の総理を選ぶとしたら誰?という雑誌社のアンケートに、緒方貞子先生を選ばれたのだそうです。私も緒方先生のことを大変尊敬しています。「役職としての仕事を超えた、statesman(リーダーシップを持った政治家)である」という手嶋先生の言葉は、全くその通りだと思っています。
今まさに必要なものは何なのか、きちんと判断し、リーダーシップをとっていくような政治を目指していきます。



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北朝鮮による飛翔体
4月4日〜8日の間に北朝鮮から弾道ミサイルが発射されると発表され、政府をはじめとして各自治体も厳戒態勢を敷いて対応していました。
今日午前11時30分頃、北朝鮮により発射が実行されたことが明らかになりました。

防衛省によると、飛翔体の第1段目は同37分、秋田西方沖約280キロの日本海に落下したとされ、列島の東約2100キロの上空でレーダーが追跡を終了したそうです。
第2段目は、太平洋側に落ちたという発表もありましたが、後に第2段目は切り離しが確認されていないと訂正が入りました。

まず、再三打ち上げを中止するよう求めたのにもかかわらず、発射されたことを遺憾に思います。
同時に、今のところ被害が出ていないことに安堵を感じています。
現段階で言えることは、各国と連携して精密な情報を収集し、きちんと抗議をすること。
報道などでは、北朝鮮による「飛翔体」という言葉が使われていますが、この「飛翔体」とは一体何なのかを早急に解明する必要があります。
そして昨日の誤探知の原因を究明し、再発防止の方法を考えること。

各自治体への連絡方法としてエムネットというシステムが主に使われていましたが、このシステムは全ての自治体に備えられているわけではないと言います。
都道府県を通じて、全国の市区町村に緊急情報を伝える「消防防災無線ファックス」での訓練を実施したところ、連絡が行くのに最長で18分かかった市区町村もあると報じられていました。
1分、1秒が生命を左右するときに、正確な情報いかにして瞬時に伝達するのか。
緊急連絡ツールを確立し、自治体によって格差が出ることのないよう、努めなければなりません。

今回は、日本領土内に落ちる可能性が高くないという見方もあってか、緊急事態の対処について、各自治体に任されていた部分が非常に大きかったと思います。
それぞれの地域によって事情も変わってきますが、危機に対する統一行動指針を作る必要があると考えます。
このようなことが二度と起こらないことを願っていますが、万が一に備えて、国民の生命と財産を守るのは国として当然のことです。

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北朝鮮による人工衛星ロケットに対して
13日、麻生首相が共同通信でのインタビューに対して、北朝鮮が「人工衛星」打ち上げの名目で、弾道ミサイルを発射した場合、国連安全保障理事会で北朝鮮制裁決議の採択を目指すと表明しました。

4月4日〜8日の間に行われる予定の打ち上げ実験で、人工衛星ロケットが日本の上を通過することが想定されます。ロケットの一段目が落下する可能性があるのは日本海側の青森と秋田の県境から西に約130キロ付近。二段目の落下予定区域は千葉県から東に約2150キロ。
北朝鮮により人工衛星ロケット発射の阻止を、最優先に行わなければなりません。
北朝鮮側が「人工衛星ロケット」でミサイル計画ではないと主張したとしても、2006年10月の国連安保理決議1718に反します。

その理由とは、決議では核実験や弾道ミサイル発射のほか「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動」の停止を求めているからです。国務省によると「弾道ミサイルも衛星の打ち上げ装置もほとんど同じで、互換性のある技術だ」と指摘しています。運搬ロケットには「テポドン2号」が使用される見通しもあります。

このような事態が起きた場合、
日本独自でも早急に日本政府の見解と声明を発表すること。
そして国際社会の中で連携して対応することが大切だと思います。
今回、日本政府によって「人工衛星ロケット発射の場合は国連総裁」という明確なビジョンが伝えられていると思います。
また、日米韓では“決議違反”との見解で一致している点は、非常に重要だと思います。情報交換などを密に行い、一丸となって徹底的に発射阻止に取り組む必要があります。同時に、今後中国ロシアがどのような対応を取るのかが、大きな鍵となってきます。

オバマ大統領は米中国防・軍事対話のレベル格上げの方針を提言し、米中外務次官級対話を早急に再開することで合意を取り付けたとのこと。日本も事態を鑑み、迅速な対応によって核拡散防止の包囲網を強固にしなければなりません。
国際社会において、スピード感を持ち、自国の主張をきちんとしながら、必要な部分に関しては多国間で連携をしていく、という姿勢が最も重要だと感じています。

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田口八重子さんの家族と金賢姫元工作員が面会

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今日、拉致被害者である田口八恵子さんの兄飯塚繁雄さんと、息子の飯塚耕一郎さんが、金賢姫元工作員との面会を果たしました。

これまでは韓国政府の打ち出してきた融和政策の一環で、日本の拉致被害者と金賢姫元工作員が接触する機会が許されませんでしたが、李明博政権となり対北政策に厳しい態度で臨む方針の中で、今回の面会が実現されたのではないかと言われています。

日米韓の三カ国間で、共に協力し合って対処していかなければならない問題のひとつは、対北朝鮮政策であると考えています。北朝鮮問題の中には、拉致問題、核問題、人権問題などさまざまな課題が含まれています。
中には、「拉致より核が優先課題」だと主張する方もおられます。数名の日本人の拉致問題に執着し、北朝鮮との関係悪化を招くのは得策ではない。ミサイルが飛んできたら国民全員が危ない。などという理論で語られる場合もあります。

しかし、私は拉致問題も核問題も“包括的”に“毅然とした態度”で臨むべき問題であり、核の脅威を恐れて拉致問題を棚上げするようなことがあってはならないと考えています。
北朝鮮の工作員によって日本人が袋詰めにされ、船の底へ投げ込まれ、見知らぬ国で家族と引き離され・・・それまでの生活を一瞬にして奪われ、北朝鮮の監視下の元での生活を余儀なくされた日本人拉致被害者の方々を、“奪還”しなければなりません。
それは言うまでもなく“お金”を出して、“何人かください”ではなく、“毅然とした態度”で“全員返しなさい”と言うことです。

拉致被害者家族会の講演会に行った際、田口八重子さんと1歳で母親を別れることになってしまった息子の飯塚耕一郎さんが「お母さんと呼ぶのに違和感があり、八重子さんと呼んでいた」とおっしゃっていました。お母さんと呼ぶには、記憶もなく、想い出もない母の存在。
今日の面会で、金賢姫元工作員から、写真でしか知らない自分のお母さんの顔と「似ていますね」と言われたとき、耕一郎さんはどのような気持ちだったのでしょうか。
「お母さんは生きていますよ」という言葉を信じて、「お母さん」と呼んで抱きしめ合える日が一刻も早く訪れるよう、政府は総力を挙げて拉致問題の解決へ向けて働いて欲しいと願っています。

今の私にできることのひとつとして、かれん'sルームではブルーリボンバッヂの取次所として、バッヂの普及に努めています。救う会から500円で買い取り、そのまま1個500円で販売しています。
ぜひお立ち寄りください。

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オバマ大統領との会談
麻生首相とオバマ大統領の日米会談が行われました。
会談にはオーバル・オフィス(大統領執務室)が使われ、麻生首相は外国首脳としては初めてホワイトハウスに招かれました。

今回の会談の中で、世界経済、北朝鮮の拉致・核問題を巡る諸問題、アフガニスタン問題などについて、両国間での協力が確認されました。
特に北朝鮮の拉致問題については、オバマ大統領から先に発言があったと報じられ、日本側が常に諸外国へ拉致問題の重要さを主張し続けるべきだと確信しました。

報道では、大統領との昼食会が行われなかったことや、約1時間という会談の短さなどが取り上げられ、アメリカにおける今の日本の外交の弱さが指摘されています。
確かに、どの国の首脳とまず会談をするのかは、アメリカ側の緻密な戦略の上での判断です。
オバマ大統領は発言の中で、日米関係は安全保障上の“Cornerstone(礎石)”であるという認識を表しており、“Partner(パートナー)”としての日本のあり方を考え、今回の会談をしっかりと国民に伝えることが重要だと考えます。

麻生首相とオバマ大統領の会談内容を聞くと、“日米同盟”の枠組みには、“技術”による連携が含まれていると感じます。
私も日本の景気を再生させる鍵は「グリーン・ニューディール」(グリーン・ジョブ)にあるのではないか、と皆様にお伝えさせて頂いていますが、今会談でも環境エネルギーの面での協力が強調されました。
特にカルフォルニアの高速鉄道計画で、日本の新幹線の技術が注目されるのではないだろうか、と言われています。
日本の新幹線の技術は、CO2排出を抑えクリーンであること、安全であること、そして地震に強いことが挙げられます。
ビジネスとして成立すれば、日本の経済への刺激となるでしょう。日本の技術が海外に流出することを恐れる声もありますが、常に技術競争をしてきた日本。切磋琢磨し、日本ならではの高度で細やかな技術が評価されることになると思います。

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子どもへの臓器移植の問題
今日の河野太郎衆議院議員のメールマガジン『ごまめの歯ぎしり』で、5月からWHOの新しいガイドラインが採択されると、日本人は海外で移植を受けることができなくなることが書かれていました。

私が駅の前で朝のご挨拶をしていたところ、ある男性からそうちゃんのちらしを頂いたことがありました。心臓の病気を抱えた1歳の中澤聡太郎ちゃん(そうちゃん)に心臓移植手術を受けさせてあげる活動をなさっている方からでした。その後、そうちゃんが渡米できるようになったと報じられ、手術の成功を願っていましたが、年末にアメリカで小さい命を閉じたことを知りました。昨日は日本でそうちゃんとのお別れの会が行われたそうです。

臓器移植に関する法律(臓器移植法)は1997年に施行されていますが、ある人が脳死状況になった場合、その人が生前に臓器提供の意思を書面で表示していて、なおかつ家族の同意がある場合に、移植を必要としている人へ、臓器を提供することができる法律となっています。
加えて、民法では遺言にあたる「生前意志の表示」が15歳以上でのみ有効、とされているため、日本では15歳未満では脳死臓器提供は認められていません。

小さな子どもにとっては、15歳以上の心臓や肺は大きすぎるため、10歳未満の子どもは日本で移植手術を受けることができないのだそうです。
募金を集めて、小さな子どもたちが海外で臓器提供を受けざるを得ない理由はそこにあります。
その上、日本人の移植を受け入れてくれる国はアメリカとドイツの2カ国しかなく、それぞれ自国でも移植を待つ患者さんが多いため、日本人への移植のチャンスは限りなく低くなっています。

この問題は生命倫理の問題とも密接に関わってきます。
脳死は人の死と言えるのか。
脳死と診断された後も、数年間成長し続けた子どもの例もあると聞きます。
臓器売買の問題もあります。
しかし、移植手術を受けるしか方法がない小さな子どもが、渡航費用が集まるまでの長い時間日本国内で命を繋ぎ、また抵抗力が弱い状態で長時間を掛け大きなリスクを背負って飛行機に乗って手術を受けに行き、外国で移植を待つ、という現状は、やはりどうしても問題があるような気がしてなりません。
今、この臓器移植問題について徹底的に論議する時期が来ているのだと思います。

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国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の設立
国際再生可能エネルギー機関(IRENA : International Renewable Energy Agency)の設立総会が今日、26日からドイツのボンで開かれます。数百の国と地域が参加する見通しとのこと。

IRENAは風力発電や太陽光発電などの自然エネルギーの普及を国際的に進めるための新しい組織で、日本は正式参加ではなく「オブザーバー」を派遣することで決定したようです。
しかも当初経産省が「参加は不要」と判断し、後にオバマ政権がオブザーバーを派遣することが決まり、日本もそれに倣った形になったようです。
オブザーバーとは言葉通り、observe(見る、見守る)だけで、決定権はありません。

日本のソーラー技術は世界に誇るべき財産、そしてこれから世界をリードしていく役割を持っています。
このような場面で、正式な形で日本の立場を主張し、また世界で統一に取りくむべき環境問題に、真剣に参加しないのは大きな判断ミスだと思います。
また、景気停滞の中、環境分野の産業を活性化していかなければならない今、産業界にとっても大きなダメージになります。
国際関係における日本の役割を再認識すべきだと思います。

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オバマ大統領就任
2009年1月20日、第44代バラク・オバマ大統領が就任しました。
8年前に第43代ブッシュ大統領が誕生した時、私は首都ワシントンで新しい大統領を迎えました。NHKワシントン支局の研修生として私はVoice of Americaの屋根から、NHKカメラのクルーメンバーと共に日本の視聴者に就任式の様子を中継する現場にいました。
今回は、日本のテレビで就任演説を見ることになりましたが、歴史の重要な1ページが多くのアメリカ国民の目の前でめくられたことを感じています。

オバマ大統領は“CHANGE”というメッセージで変革を訴えてきました。経済不安の中で、この閉塞感を打ち破って“変える”パワーを国民が求めていたのだと思います。
同時に、実は“CHANGE”のメッセージと共に語られた“Yes, We Can.”という言葉が、バラク・オバマを大統領に押し上げた要因であったと感じています。
「私たちはできる」という強い信念と、未来に対する楽観的な姿勢だけでなく、その主人公が“We”であったこと。それが何よりも大きなエネルギーでありました。
今日の就任演説の中でも

“On this day, we gather because we have chosen hope over fear, unity of purpose over conflict and discord.
(今日「私たち」が集っているのは「私たち」が不安ではなく希望を、衝突や不一致ではなく目的の結束を選んだからである。)”と話しています。

リーダーの語る言葉が指す主語が「私たち」であるからこそ、意味があります。それは日本の政治にもそのまま当てはまります。

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サミュエル・ハンチントン氏死去
『文明の衝突』の著者で、アメリカを代表する政治学者のサミュエル・ハンティントン氏が81歳で亡くなったことが、ニュースで明らかになりました。

ハーバード大学で教鞭をとり、1970年代のカーター政権下では国家安全保障会議のメンバーでもありました。国際政治学を学ぶ者にとっての、必須教科書のひとつが、このサミュエル・ハンチントン氏が書いた『文明の衝突』でした。
『文明の衝突』の中では、冷戦が終わった世界の中で、宗教による対立が激化すると警告されていました。2004年に出版された『分断されるアメリカ』も読みましたが、英語のタイトルは、“WHO ARE WE?”(我々は誰なのか)となっています。移民国家アメリカにおけるアイデンティティの分離について、現在のアメリカの姿を描いていました。

“アメリカ人”と言えば、“金髪にブルーの目”という固定概念が残っているのかもしれませんが、実際は、ヒスパニック系の人達も増え、スペイン語のテレビ番組が放送されていたりします。そんな中でアメリカのアイデンティティとはどこにあるのか。

初の“黒人大統領”と言われているオバマ大統領の誕生を、ハンチントン教授であればどの様に分析されるのか、お話を伺ってみたかったなと思います。

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拉致被害者の早期救出を!
クリスマスイブ。子ども達がサンタさんを待ちわび、いろんな人のいろんなお願いごとが夜空にかけられる日。
そんな夜、子どもの帰りをただひたすら願い続けている家族が日本にいるのだ、ということを私達は忘れてはいけないと思います。

昨日、拉致問題を考える小田原ブルーリボンの会が報徳会館で開かれ、400人を超す方々が横田滋さん、早紀江さんの講演を聴きにいらっしゃいました。
横田めぐみさんが突如姿を消してから31年が経過。それが北朝鮮による拉致だとわかってから11年が過ぎようとしています。

ブルーリボン.gif 横田ご夫妻 講演.jpg ブルーリボン.gif



昔テレビで見た、飛行機のタラップから降りる金賢姫の姿を今でも鮮明に覚えています。何か大きな事件が起こったのだと幼心にも感じました。
実は、そのずっと前から、日本人が北朝鮮工作員によって拉致されていたこと、そして金賢姫を教育したのは、日本人拉致被害者(田口八重子さんと見られる)だったことなど、その頃の私には想像すらできませんでした。

お父さんの滋さんにだって、めぐみさんが結婚するときに渡そうと撮りためていた写真を、拉致事件の資料として使われるなど、想像できなかったと思います。早紀江さんだって、母として娘の出産の相談にのったり、買い物に出かけたりしたかったはずです。

横田めぐみさん 運動会にて.jpg 横田めぐみさん 早紀江さんの着物を着て.jpg


昨日の講演で横田ご夫妻のお話を聞き、国益とは何か、国家とは何か、ということを突きつけられた気がしました。人数ではないのです。一人でも奪われた人は必ず取り戻す。この決意が必要です。

家族を奪われた悲しみと、本人が戻ってこない苦しみ、そして遅々として拉致問題の進展が図られない憤りが、拉致被害者の家族に重くのしかかっています。
世論がこの問題を風化させ、政治が拉致を軽視すれば、北朝鮮に「日本が拉致被害者を取り戻す意思がない」という誤ったメッセージを送ることになります。
私達もこの問題を風化させないよう、声を上げ続けましょう。

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オバマ大統領誕生
2008年11月4日はアメリカの歴史に永遠に刻まれる日となりました。2000年、2004年と大統領選挙の報道の現場にいた私にとって、今回は現地ワシントンから離れた場所で向かえた投票日でありましたが、それでも感慨深い日となりました。アメリカ史上初のアフリカン・アメリカンの大統領。バラク・オバマ大統領の誕生は、多くの人の手によって成し遂げられたものです。
私も政治は一人の力ではできない、皆の力を結集して実現するものである、と考え、お話させて頂いて参りました。アメリカでもまさに“Yes, We Can.”のメッセージが全米各地でこだまし、そのエネルギーがオバマ大統領を誕生させたのだと思います。

CNNの出口調査によりますと、18歳から29歳の有権者の中では66パーセントの人がオバマを支持し、30歳から44歳の間でも52パーセントの支持を得ていました。更に女性の56パーセントもオバマを支持したと答えています。またインターネットを通じて初めて政治に興味を持ち、参加した人々が大勢いたことが2008年の大統領選挙の最大の特徴であったと受け止めています。

この長い大統領選挙の間にはジョン・マケイン、そしてヒラリー・クリントンを含め多くの大統領候補者が熱戦を繰り広げてきました。その中で、それぞれが自分たちの立場から政策を主張し、自分たちが思い描くアメリカの将来像を国民に提示してきました。これが、アメリカの民主政治を活気あるものにした要因ではないでしょうか。
アメリカの大統領がバラク・オバマになったことで、イラクやアフガン政策について、大きな転換期を迎えると思いますが、日本との関係に大きな変化はないと思います。しかし日米同盟を守りながらも、日本として主張しなければならないところは、きちんと発言していく、この立場は誰が大統領になったとしても、貫くべきだと思っています。

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月刊 政治かわら版 牧島かれん国政報告
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